ケーブル山頂駅9:00-(0h30)-薬王院9:30/35-(0h20)-高尾山9:55/10:05-(0h50)-一丁平10:55/11:05-(0h20)-城山11:30/12:30-(0h20)-小仏峠12:50/13:00-(0h50)-小仏バス停13:30
京王線の高尾山口駅に降り立つと駅前はたくさんの人で溢れています。何処かのツアー登山、職場の中のも若者グループ、家族連れなどなど、この山の人気の高さがうかがえるところです。
琵琶滝コースや稲荷山コースへと向かう人を左手に眺めながらケーブルカーは山頂駅へと登って行きます。線路沿いの桜はすでに葉桜の時期を迎えミツバツツジが赤紫の花を付けていました。
ケーブルカーの山頂駅からは観光客と一緒に薬王院を目指すことにします。参道には、土産物屋やタコ杉、サル園などなどここはまさに観光地そのものです。
しばらく進むと霊気満山の扁額を掲げる洗心山門です。ここからは朱塗りの灯篭が立ち並ぶ参道を進んでいきます。さらに進んだところが男坂と女坂の分岐点です。
左手の男坂は108段の石段を登るところです。やがて右手から女坂の道を合わせると薬王院の四天王門にたどり着きました。
高尾山は真言宗智山派の寺院で、川崎大師、成田山とともに関東三大本社の一つに数えられる古刹です。
天平16年(744年)、聖武天皇の勅命により行基菩薩が開山、そのご永和年間(1375~1379年)、京都醍醐寺から峻源大徳が飯綱権現を守護神として祀ったこと言います。飯綱権現は戦国武将の守護神として崇拝され、北条氏や徳川氏との手厚い保護を受けていたと言います。近くの大山もそうですが、ここは仏教と山岳修験道が混在する神仏混合の歴史が続いていたのでしょう。
折から飯綱権現の本堂では僧侶による読経が始まろうとしています。辺りに響くホラ貝の先導で赤い傘をさした僧侶の列が本堂へと向かっていました。
急な石段を登ると赤い鳥居の先に御本社です。カラス天狗が両脇を固める神殿は飯綱権現を祀るところで、その傍には福徳稲荷や飯綱大権現の社も祀られていました。急な階段を登った奥社から遊歩道のような道を登って行くと高尾山の山頂です。
広く開けた山頂では家族連れなどがベンチに腰を下ろしています。ここは十三州展望台と呼ばれるところですが春霞に覆われた山頂からは展望を期待すべくもありません。富士山の山頂が見えると言う大見晴園地も丹沢の山並みが霞んで見えるだけでした。
高尾山からは城山へと向かいます。高尾山周辺は標高が高いこともありまだ桜は満開を迎えたばかりです。ここのサクラはヤマザクラ、ソメイヨシノと違い花と同時に赤茶色の葉が一緒に芽吹き始めます。このことが春の高尾をより鮮やかに見せるのかもしれません。
桜に交じってミツバツツジの花も咲いています。目を登山道に落とすとたくさんのタチツボスミレに混じってエイザンスミレやノジスミレ、イカリソウ、ナツトウダイ、ヒトリシズカの花も見付けることが出来ました。
一丁平の東屋で一息を入れてから緩やかに登り返すと城山です。無線アンテナの塔がそびえ立つ山頂には城山茶屋が店を開け、たくさんのハイカーがお弁当を広げています。我々もベンチに腰を下ろしお弁当にしました。
ここからは小仏峠へ下ることにします。杉林の暗い登山道を下って行きます。この時間になると陣馬山から縦走してくるハイカーの数も多くなります。たどり着いた小仏峠には狸の像が置かれています。峠には朽ちかけた茶店が2軒ほど建っていました。
小仏峠からは小仏バス停に下って行きます。暗い杉林の中をジグザクに下って行く登山道はやがて中央高速道の小仏トンネル入り口の脇にたどり着きました。ここからは舗装道路にそってバス停までの道が始まります。途中には城山へと登って行くハイカーが車を停める駐車場もありました。
小仏バス停からは高尾駅へと向かいます。休日はたくさんのハイカーが訪れるようで、バスは臨時に2台のバスで運行していました。
たどり着いた北高尾の駅の近くにたくさんのは樹木を集めた多摩森林科学園があります。ここには国内の桜250種類を集めるところと言います。すでにソメイヨシノの花が終わったこの時期は八重の桜を楽しむことが出来ます。広い園内を散策するとカンザン、オウシュウザクラ、ギョイコウなど初めて聞く桜が咲いていました。