鎌倉古道下道・品川から東京 


 歩行時間:行動時間 4:20、歩行時間 4:00
 歩行距離:11.7km
 累積標高差:+94m、-96m
 往路:JR東海道線・品川駅、復路:JR東海道線・東京駅
 訪問日:2025年3月13日

 

 コースタイム


品川駅9:10~東漸寺~高野山東京別院9:45~光福寺~圓眞寺~黄梅院~松光寺~正満寺~源昌寺~覚林寺10:20~古壽老稲荷神社~大石良雄等自刃の跡~等覚寺~荘厳寺~常教寺~玉鳳寺~仙翁寺~明王院~明福寺~願海寺~慈眼寺~慶應義塾大学~弘法寺~伏見三宝稲荷神社~赤羽橋~延命子育災除地蔵尊~妙定院~芝公園・宝珠院~金地院~如意輪観世音菩薩・もみじ山12:05~雲晴院~青松寺~愛宕神社~富士そば虎ノ門店12:35/50~祝田橋~皇居前広場・二重橋~和田倉門~東京駅13:30

 

 品川駅~東京タワー・もみじ山~東京駅


先日の鎌倉道下道の続きは品川駅からです。ここは第一京浜が通るところ、近くには高輪プリンスホテルもあり人の流れが多いところです。桂坂は第一京浜と桜田通りを結ぶ坂道、かつてカツラが生い茂っていたところと言います。この周辺は忠臣蔵で知られる泉岳寺など多くのお寺が集まるところです。

徳川幕府は江戸の防備を目的として寛永寺や増上寺、山王権現、神田明神を配しました。これらの寺社を中心としてその子寺などが集まり、参拝客や行楽客などが集まる寺町が形成されたと言います。

泉岳寺付近には江戸の南の玄関として高輪大木戸がありました。品川駅付近には山が海に迫り防衛上の拠点として有効であったところです。高輪の地名は戦国時代、上杉朝興と北条氏綱が江戸城をめぐって戦った高輪合戦にも登場します。ここで敗れた上杉勢は河越城に退却したと言います。

品川駅前の第一京浜
桂坂を登って行きます

高輪プリンスホテからしばらく歩くと桂坂、その途中から判り難い道を折れると洞坂です。車が入ることもままならない道を下った東漸寺は江戸時代から残る庭園を持つ臨済宗の寺院です。幕末の開国後、最初に英国大使館(イギリス公使館)が置かれた場所と言います。

二本榎通りの面した大きな寺は高野山東京別院です。大きな本堂のほかに不動堂、四国八十八ヶ所お砂踏場などがあります。本堂ではどこかの会社の社葬が行われていたようでした。

洞坂は判り難い道
東漸寺
高野山東京別院では何処かの社葬
高野山東京別院・不動堂

二本榎通りから桜田通り周辺はたくさんのお寺が点在するところで、近くには開運稲荷を祀る光福寺圓眞寺黄梅院松光寺正満寺源昌寺などのお寺があります。

光福寺・開運稲荷
圓眞寺の山門
正満寺
覚林寺・清正公堂

覚林寺は「白金の清正公さま」とも呼ばれ加藤清正を祀る日蓮宗のお寺です。日蓮宗に帰依していた清正を祀るお寺はかなり多くあるようでここもその一つなのでしょう。

天神坂を上り返すと途中に古壽老稲荷神社、二本榎通りの途中には大石良雄等自刃の跡の石碑がひっそりと建っていました。

古壽老稲荷神社
大石良雄等自刃の跡
狭い路地の先に等覚寺
伊皿子の交差点

狭い路地の先の等覚寺を越えると伊皿子(いさらご)の交差点です。変わった名前の地名は帰化した明人の名前が由来と言います。荘厳寺は古い本堂のお寺です。境内には古い井戸跡が残っていました。

常教寺から道を左に、幽霊坂と言われるこの付近にも多くのお寺が点在します。玉鳳寺は白く塗られた化粧延命菩薩を祀るお寺です。

荘厳寺
常教寺
玉鳳寺・化粧延命地蔵
仙翁寺

仙翁寺を過ぎると厄除け弘法大師の明王院です。不動堂から伸びる紐は不動様につながっているのでしょう。

明王院・厄除け大師
明福寺
願海寺
願海寺の本堂

明福寺を過ぎると浄土宗の願海寺です。境内の奥には新しいデザインの本堂や七観音を祀る観音堂がありました。

曹洞宗の慈眼寺には五重塔や観音像が祀られています。墓地の前には楽器を演奏するお坊さんのレリーフがあります。禅寺の中にも新しい時代の流れが始まっているのでしょう。

曹洞宗の慈眼寺
登って行く道は蛇坂
潮見坂
車の流れも多い三田周辺の町並み

蛇坂をひと登りする潮見坂、かつてここからは芝浦の海辺を見下ろせたと言います。やがて道は三田3丁目の交差点です。車の流れも激しい道は祝田通りと呼ばれるところです。左手には慶應義塾大学の大きな正門が建っていました。

大きなビルの先には赤と白の東京タワーがそびえています。

慶應義塾大学
ビルの谷間に弘法寺
ビルの先に東京タワー
伏見三寶稲荷神社

ビルの間に建つ弘法寺を過ぎると伏見三寶稲荷神社があります。狭いビルの間に建つ稲荷神社です。

高速道路の高架橋の下は赤羽橋、渋谷川は渋谷付近で古川と名前を変え浜松町で東京湾へと流れていきます。この付近はコンクリートで護岸を囲まれた都市河川と言ったところです。

赤羽橋の先の交差点は東京タワーのビューポイントの一つ、海外のガイドブックに紹介されたのでしょうかスマホで東京タワーの写真を映す観光客が列を作っています。コンビニの先に映る富士山、江ノ電のスラムダンクの踏切などオーバーツーリズムの話が出ていますがこの交差点もそのようなところの一つになるのでしょうか。

古川が流れる赤羽橋
東京タワーのビューポイント
延命子育災除地蔵尊
妙定院の山門

妙定院を越えると芝公園です。弁天池の近くには閻魔大王を祀る宝珠院がありました。閻魔堂には閻魔像、その脇には祀られるのは司命・司録の像でしょうか。ここには仏教の死後の世界が語られているところです。

芝公園の弁天池
芝公園に宝珠院
冥府の司命・司禄
天にそびえる東京タワー

東京タワーの近くには金地院があります。天海僧正とともに徳川家康の政治顧問として活躍した金地院崇伝は京都南禅寺の住職、江戸城の北の丸に金地院が創建したと言います。大阪冬の陣の原因となった広寺鐘銘事件や紫衣事件に関わったとされて黒衣の宰相とも呼ばれていました。

東京タワーはもみじ山の上に建てられた333mの電波塔。すでに電波塔の役目は終わっていますが、たくさんの観光客で賑わっています。

金地院の山門
金地院の境内
大薩たの石塔
もみじ山に如意輪観音堂

タワーの傍のもみじ山には如意輪観音堂、大薩たの石塔があります。もみじ山の標高20mほど、東京山手線内の7つの頂の一つに数えられています。

見上げる東京タワー
観光客で賑わう東京タワー
青松寺の山門
愛宕山の長い石段

ここからは祝田通りに沿って日比谷公園へ歩いて行きます。途中には雲晴院青松寺愛宕神社などがありました。またお昼時と言うこともあり蕎麦の老舗、砂場には思いのほか長い行列ができていました。

背丈の高いビルが立ち並ぶ中、ビルの中には食事ができるお店もあるでしょうが少し時間が気になります。虎ノ門近くの富士そばで軽い昼食にしました。後から入ってきた外国からのお客さんも自販機で食券を買い求めていました。食券の自販機、この文化は海外でも一般的なのでしょうか。

この周辺は霞が関、労働省、法務省など官庁が入っているビルが立ち並んでいます。

行列ができていた蕎麦屋・砂場
法務省周辺の官庁街
祝田橋
祝田橋の先に皇居外苑の石垣

祝田橋を越えると皇居外苑、緑の松の先に二重橋や富士見櫓が見えていました。

二重橋脇に富士見櫓
皇居外苑から眺める富士見櫓
お堀の先に和田倉門
丸の内の案内板

やがて道を右に折れると丸の内です。道端の案内板には江戸時代から現在に至る丸の内の歴史が紹介されていました。

丸の内今昔散歩の案内板
たどり着いた東京駅

やがて目の前に赤いレンガ造りの東京駅、今日の街道歩きはここを終点としました。

 

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