港南台駅(9:30)-0h45m-円海山(10:15)-0h45m-大丸山(11:00/35 昼食)-0h50m-天園峠茶屋(12:25/40)-0h30m-瑞泉寺(13:10/25)-0h10m-鎌倉宮(13:35/45)-0h15m-鶴岡八幡宮・旗立弁財天(14:00/20)-0h10m-小町横町、鎌倉駅(14:30/50)
瀬上市民の森公園から続く稜線は相模の国と武蔵の国を分ける分水嶺でもあり住宅地が迫る稜線上に鎌倉アルプスへ続くハイキングコースがあります。
根岸線の港南台駅から明るい商店街をしばらく進むと環状3号線です。平日とあって商店街の人通りはそれほど多くありません。港南台5丁目の交差点の先を右に折れると消防出張所、その先に瀬上市民の森の案内板がありました。
瀬上市民の森公園の縁をめぐる舗装道路は緩やかな丘陵地帯を眺めながら円海山へと登って行きます。左手にはみなとみらいのランドマークタワーが見えています。やがてひよどり団地からの車道が左手から登ってきます。駐車スペースは無いもののここまでは車で来ることができるようでバイクなども停まっていました。
車止めの先を進むといっしんどう休憩所。氷取沢へと向かう暗い杉林の道を進むと程なく円海山です。NTTの中継塔の建つ山頂は鉄柵に覆われ立ち入ることは出来ませんでした。
いっしんどう休憩所からは良く踏まれた尾根道が続きます。近くの人の散策路にもなっているようでザックも持たない軽装の人が目立ちます。途中、右手の視界が開けると霞んだ箱根の山並み、その上には富士山が見えるようですが曇りがちな空の下に大きなすそ野が霞んでいるだけでした。
瀬戸広場への分岐を左に分けると程なく大丸山への分岐になります。左手の丸太の階段は135段とか、このコースで唯一の急な上り坂です。広く開けた山頂には横浜市の最高点と印された標柱と三角点があります。目の前に広がる入江は八景島、遠く霞む山並みは房総の低い山々でしょう。小さな双耳峰は富山、その左にはなだらかな狩野山が見えているようでした。
大丸山の山頂で早い昼食をとったのち鎌倉を目指すことにします。上郷森の家への道を右に分けると小さな分岐です。左手のコブの上は関谷奥見晴台と言われるところで、ベンチが置かれた広場の先にはみなとみらいのランドマークタワーが見えていました。
大きな横浜霊園を右手に眺めながら緩やな道をたどると市境広場にたどり着きます。天園へは狭い道を進むことになります。よく整備された横浜の道と変わり道標などもあまり整備されていない道が続きます。
鎌倉には化粧坂切り通し、朝比奈切り通しなど鎌倉七口という切り通しがあります。鎌倉への往来に使われた古い道に設けられた拠点でこの他にも幾つもの切り通しがあったと言われています。このハイキングコースの狭い岩溝もそのような古い歴史が刻まれたところの一つでしょうか。
建長寺へと向かう道を右に分けると紅葉に彩られた山道になります。暖かい鎌倉は今が紅葉の真っ最中、黄色く色付いたイチョウと真っ赤なモミジが過ぎ行く秋を惜しんでいるようです。
緑のカーテンのような竹林の先には天園の休憩所が見えます。鎌倉アルプスハイキングコースを右から合わせる天園には3つの休憩所が店を開いています。平日と言いながらたくさんの人が店前で休憩していました。
獅子舞を経て鎌倉宮へと下る道を右に分けると瑞泉寺への道です。あとで聞いた話ですが獅子舞への道は紅葉谷と呼ばれる紅葉の名所と言います。
瑞泉寺への道には貝吹地蔵や古い石窟などがあります。ここは鎌倉幕府が滅亡の歴史を今に伝えるところです。このお地蔵さんは切腹した北条時高の首を護りながら逃げる家臣を追ってきた新田軍をホラ貝を吹いて追い払ったと伝えられています。
やがてハイキングコースは山肌を回り込むように瑞泉寺の境内へと下って行きます。あとは鎌倉市内を散策する観光客に混じり瑞泉寺や鎌倉宮などを参拝しながら鎌倉駅へと向かいました。