四方津(8:20)-0h45m-405m(9:05/10)-1h05m-お座敷の松(10:15)-0h20m-742m峰(10:35/40)-0h15m-大丸山(10:55/11:00)-1h00m-高柄山(12:00/13:10)-0h50m-新矢ノ根峠(14:00/20)-0h55m-御前山分岐(15:15)-0h10m-小さな沢(15:25/40)-1h05m-上野原(16:45)
たどり着いた四方津駅から冷たそうな色を漂わせる桂川を渡り川合の集落へ。舗装された坂道を登って行くと程なく登山口にたどり着きます。曲がり角には大地峠・高柄山の道標があり里山にありがちな登山口を探すのに苦労をすることはありません。
枯れ葉に覆われた雑木林の登山道は緩やかに高度を上げて行きます。しばらく登ると登山道は雪に覆われるようになります。気温はあまり高くないようで雪は固く締まっていました。
登山道には筏井久一この地に眠ると書かれた案内板がありました。近くの高畑山に高畑仙人が住んでいたと聞いたことがありますが、この山域には都会を離れた粋な人が住み付いていたのでしょうか。
やがて登山道は林道工事の現場に、梁川方面と秋川を結ぶ林道東富士線の工事が行われているようで現場小屋には工事関係の車両も停まっていました。
展望が開けた稜線は奥座敷の松と呼ばれるところで、武田信玄が金山採掘で立ち寄った所とか。往時は立派な松があったと言いますが今は扇山や権現山の展望が広がるところです。
さらに稜線を登って行くと742mのピークで再び林道の脇を越えて行きます。ここには立派な休憩所も作られていました。
大地峠へ下って行く道を右に分けると大丸山の小さなピークです。目の前は広く開け高柄山への稜線が続いています。その先には新宿の高層ビル群、さらにその左にはスカイツリーの尖塔が小さく霞んでいました。
林道を横切った登山道は雪が張り付いた急な坂道を下って行きます。トラロープが張られているものの左手が急に切れ落ちたところもあります。アイゼンが無ければ結構緊張を強いられそうな急坂です。
これから高柄山へは小さなアックダウンの続く稜線の道です。所々に雪の張り付いた急坂もあり、アイゼンを付けるか外すか悩ましげなところです。最後の急な登りに汗を流すと広く開けた高柄山の山頂にたどり着きました。
目の前は生藤山から陣馬山、高尾山へと続く明るい稜線、その上には大岳山や御前山、三頭山などの頂を見付けることが出来ます。
振り返ると道志の稜線の上に蛭ヶ岳から檜洞丸、大室山など丹沢の山々が青白いシルエットとなって続いています。その山肌は北斜面と言うこともあり冷たそうな雪に覆われていました。
明るい山頂に別れを告げ上野原を目指すことにします。高柄山からの下りも雪の張り付いて急な下りです。
小さなコブを越えながら稜線を下って行くと立派な東屋の立つ新矢ノ根峠にたどり着きました。東屋の傍の案内板によると矢ノ根峠から下る登山道はメイプルポイントゴルフ場の造成により通行止め、新たな道が新矢ノ根峠から下っているようです。
これにより歩程が長くなったようで、案内板にはゴルフは自然を破壊とか農薬で汚染などの悪戯が書かれていました。
新矢ノ根峠からの下りも暗い杉林の中の急坂です。しばらく下ると左手にゴルフ場のフェンスが見え隠れするようになります。標高はかなり低くなっているようですが日影の巻き道は凍りついた雪に覆われアイゼンを外す気になれません。
たどり着いた暗い沢から登山道は見上げるピークを目指して登り返します。古い地形図ではうなじ沢に下って行くようになっていますが登山道はピークを目指してジグザグを切りながら登って行きます。登山道の崩壊などで道が付け直されたのでしょうが、疲れ始めた足にはかなり辛い登り返しでした。
小さなピークからは杉林の中を急降下します。たどり着いた鞍部は鶴島御前山への分岐点。右手の林の中を下る道は鶴島へと続く巻き道です。
ここからはうなじ沢を小さく巻くようにしながら上野原を目指します。途中、右手が切れ落ちたところもありました。分岐から約1時間、上野原駅にたどり着いた時には早い冬の日は傾き始めていました。