被官稲荷神社 


 寺社の種類:神社
 創建の時期:安政元年(1854年)
 主祭神:倉稲魂神
 本殿の形式:ー
 境内社:一間社流造
 所在地:東京都台東区浅草2丁目31ー16
 訪問日:2025年6月6日

 

東京都台東区浅草にある浅草神社の末社です。

『安政元年(1854年)に創建されました。江戸の町火消の親分であった新門辰五郎の妻が重病になった際、京都の伏見稲荷大社に祈願したところ、病気が回復しました。その後、感謝の意を込めて伏見稲荷大社から祭神の御分霊を勧請し、翌年に社殿を建立したのが始まりです。

「被官」という名称の由来は明確ではありませんが、「官を被る」という意味から、就職や出世に御利益があるとされています。』(copilot.2025/6)

被官稲荷神社の鳥居
被官稲荷神社の鳥居と参道
石鳥居と被官神社の覆い堂
被官稲荷神社の稲荷社
檜皮葺の稲荷社
覆い堂に千社札

 

 《被官稲荷社》現地由緒書き

安政元年(一八五四)、新門辰五郎の妻女が重病で床に伏したとき、山城国(現、京都府南部)の伏見稲荷社に祈願した。その効果があって病気全快、同二年、お礼の意味を込め、伏見から祭神を当地に勧請し、小社を創建して被官稲荷社と名付けた。名称の由来は不詳だが、被官は「出世」と解せば良いという

辰五郎は上野寛永寺住職輪王寺宮の家来、町田仁右衛門の養子。本姓は町田であった。輪王寺宮舜仁法親王が浅草寺伝法院に隠居し、上野へ行くのに便のいい新門を造った。その番を命じられたので、新門辰五郎と呼ばれた。辰五郎は町火消十番組の組頭としても、多彩な活躍をした。

社殿は一間社流造、杉皮葺。創建以来のもの。開口約一・五メートル、奥行約一・四メートルと小さいが、覆屋を構えて保護している。覆屋は大正期の建築であろう。社前には、「安政二年九月立之 新門辰五郎」と刻む鳥居ほかがある。

平成四年十一月 台東区教育委員会

 

 関連記録・コース


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古事記、日本書記に登場する神です。須佐之男命と神大市比売の子です。農耕の神、商工業の神、商売繁盛の神としても信仰されていて全国の稲荷神社で祀られています。

 

 素戔嗚尊・須佐之男命(すさのうのみこと)

日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。

高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。

 

永福稲荷神社 25.4.17高倉稲荷神社 25.4.17矢川稲荷大明神 25.4.17稲荷神社 25.4.9伊藤稲荷神社 25.4.8商和稲荷神社 25.4.8豊栄稲荷神社 25.4.8永福稲荷神社 25.3.26於岩稲荷田宮神社 25.3.22伏見三宝稲荷神 25.3.13古壽老稲荷神社 25.3.13作守稲荷神社 25.3.10藤森稲荷神社 25.2.8稲荷神社 25.1.13隼人稲荷神社 25.1.8花園稲荷神社 25.1.8講武稲荷神社 25.1.8君ケ崎稲荷神社 24.12.29國榮稲荷神社 24.12.15稲荷神社 24.2.3三眼六足稲荷大明神 24.2.3稲荷神社 23.4.29坂木稲荷 23.4.29木之間稲荷社 23.4.20阿那稲荷神社 23.4.11車町稲荷神社 23.4.11亀塚稲荷神社 23.4.11日比谷神社 23.4.11六塚稲荷神社 23.4.10稲荷社 23.3.21正一位稲荷大明神 23.3.9稲荷神社 22.12.19稲荷神社 22.9.21椿稲荷社 22.2.25内出町稲荷社 22.2.9南町稲荷社 22.2.9赤井稲荷 21.1.30札幌伏見稲荷神社 20.10.21東俣野稲荷社 20.7.16波除稲荷神社 19.6.21川端稲荷神社 18.11.11笠間稲荷神社 18.8.12金子稲荷大明神 18.1.8正木稲荷神社 18.1.3芭蕉稲荷神社 18.1.3深川稲荷神社 18.1.3出口稲荷大明神 17.10.9白笹稲荷神社 17.9.18大新稲荷神社 17.3.10稲荷神社 17.1.26馬込稲荷神社 16.11.25乙女稲荷神社 16.11.25遠石八幡宮 16.9.1日本西門鎮守八幡宮 16.9.1紅石稲荷神社 16.9.1太鼓谷稲荷社 16.8.31大江稲荷神社 16.2.10梅園稲荷社 16.2.7庄城稲荷大明神 15.8.10二ツ家稲荷神社 15.6.2旭稲荷神社 15.2.20鵠沼稲荷社 15.1.18佐助稲荷 15.1.13熊本稲荷神社 10.3.7伏見稲荷 08.4.30
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