慈眼院 澤蔵司稲荷 


 寺社の種類:浄土宗の寺院
 山号:無量山
 創建の時期:元和6年(1620)、伝通院中興開山廓山上人が創建
 本尊:阿弥陀如来
 札所:ー
 所在地:東京都文京区小石川3丁目17ー12
 訪問日:2026年1月3日

 

東京都文京区小石川にある浄土宗のお寺です。伝通院中興開山廓山上人が澤蔵司稲荷の別当として創建したと言います。

澤蔵司稲荷の山門
街火消し「な組」の石碑
御手水場
大地堂
境内に石仏
禊観音
慈眼院の本堂
本堂の内部

元和年間(1618~1620)に狐が僧に化して修行したという独特の縁起をもつお寺です。

 

 《慈眼院・沢蔵司稲荷》現地の案内板

伝通院の学寮(旃檀林といって修行するところ)に、澤蔵司という修行僧がいた。僅か三年で浄土宗の奥義を極めた。元和六年(一六二〇五月七日の夜、学寮長の極山和尚の夢枕に立った。

「そもそも余は千代田城の内の稲荷大明神である。かねて浄土宗の勉学をしたいと思っていたが、多年の希望をここに達した。今より元の神にかえるが、永く当山(伝通院)を守護して、思に報いよう。」

と告げて、暁の雲にかくれたという。(『江戸名所図会』『江戸志』) そこで、伝通院の住職廓山上人は、沢蔵司稲荷を境内に祭り、慈眼院を別当寺とした。江戸時代から参詣する人が多く繁栄した。

『東京名所図会』には、「東裏の崖下に狐棲(狐のすむ)の洞穴あり」とある。今も霊窟と称する実地があり、奥に洞穴があって、 稲荷が祭られている。

伝通院の門前のそば屋に、沢蔵司はよくそばを食べに行った。

沢蔵司が来たとき、は、売り上げの中に必ず木の葉が入っていた。主人は、沢蔵司は稲荷大明神であったのかと驚き、毎朝「お初」のそばを供え、いなりそばと称したという。

また、すぐ前の善光寺坂に椋の老樹があるが、これには沢蔵司がやどっているといわれる。道路拡幅のとき、道をふたまたにしてよけて通るようにした。

沢蔵司 てんぷらそばがお気に入り

郷土愛をはぐくむ文化財 文京区教育委員会

 

 浄土宗(じょうどしゅう)

法然上人を宗祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の聖典とするが、観無量寿経を重視して専修念仏によって極楽浄土への往生を宗旨とする。総本山は京都の知恩院。

 

 阿弥陀如来(あみだにょらい)

大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で生あるものすべてをすくう仏様。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんになり、浄土宗浄土真宗時宗などの浄土教宗派が成立した。

阿弥陀如来像は質素な形で如来の通相と呼ばれる姿をしています。小指を除く三指と親指で輪にした九品来迎印(くぼんらいごういん)を結んでいるのが特徴です。

 

 法然(ほうねん)・円光大師・黒谷上人

鎌倉初期の僧。浄土宗の開祖。1147年比叡山で源光の門に入り天台を学んだ。1150年教学などに対する疑問を生じ西塔黒谷の叡空のもとに隠棲し、法然房源空と称した。

 

 浄土宗(じょうどしゅう)

法然上人を宗祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の聖典とするが、観無量寿経を重視して専修念仏によって極楽浄土への往生を宗旨とする。総本山は京都の知恩院。

 

 浄土真宗(じょうどしんしゅう)

法然上人の弟子の親鸞上人を開祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の経典とするが、特に無量寿経により阿弥陀仏の本願の信心を重視し、称名念仏は仏恩報謝の行であるとするのを宗旨とする。門徒宗、一向宗とも呼ばれます。

 

 時宗(じしゅう)遊行宗(ゆぎょうしゅう)

日本仏教の一宗派。念仏系の宗派で1276年一遍(いっぺん)が開いた。阿弥陀経を根本経典とし経中の臨命終時の言葉を宗の名とした。

 

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