市営第3駐車場8:40-(0h40m)-茶屋跡9:20/30-(0h35m)-男女川源流10:05/15-(0h25m)-御幸ヶ原10:40/11:00-(0h15m)-男体山11:15-(0h40m)-御幸ヶ原11:55/12:05-(0h15m)-女体山直下のベンチ12:20/35-(0h30m)-弁慶茶屋跡13:15/35-(1h00m)-市営第3駐車場14:35
筑波山にはすでに何回登ったのだろうか。ケーブルカーやロープウィが整備されたコースは何時もたくさんのハイカーや観光客でにぎわう所です。登山コースも数多く整備され、今回利用する筑波神社コースやつつじが丘コースなどのほかにも薬王院コースやキャンプ場コースなどが整備されています。
平日と言うこともあり広い駐車場は閑散としています。筑波山神社の大きな拝殿から左手の道を進むと筑波山ロープウェイの宮脇駅です。
登山道はケーブルカーに沿うように暗い杉林の中を登って行きます。この山には回数登山を楽しむ人も多いようで初老の一団の先頭を歩いていた人は筑波山には1000回も登ったと言っていました。すでに取り壊された弁慶茶屋の軒には1000回登山などの額が掲げられていた記憶がよみがえって来ます。
しばらく登ったところは茶店があった所と言います。さらに登ると露岩が目立つ急坂になります。ケーブルカーのトンネルを超えると男女川の源流と言われる水場にたどり着きました
百人一首にも謡われた筑波山は万葉の時代から多くの人の生活の中に生きて来た所です。山麓の北条には古い租税倉庫という遺構も残っていました。
男女川からは雑木林の中を緩やかに登って行きます。やがて子供達の歓声が近づいてくると観光客でにぎわう御幸ヶ原にたどり着きました。
近くの幼稚園でしょうか、お揃いのジャージを着た子供たちの一団、つつじが丘のロープウェイで登って来たのか軽装のハイカーが休憩を楽しんでいます。
遊歩道のような坂道をひと登りすると男体山の山頂です。秋から冬にかけては富士山が見えると言う頂きも梅雨空の下では霞ケ浦さえも白く濁った空の中です。
男体山の山頂を取り巻くように自然研究路と言う遊歩道が整備されています。山頂直下の踏みあとを下ると自然研究路の途中にある東屋の脇にたどり着きました。
東屋の先は展望台になっています。小さな岩の脇には明瞭な踏みあとが続いています。自然保護のため通行を禁止のロープが張られていましたが梅林から登って来る道のようです。多くの人が訪れる山にはたくさんのサブコースが付けられるのものですが、本来の登山道以外に人が踏みこむことにより山が荒れるのも事実のようです。
良く整備された自然研究路は緑に包まれた雑木林の中を下って行きます。所々に筑波山に生きる小動物や花、木などを紹介する案内板が設けられています。
大石積みを回ると薬王院からの道を合わせ御幸ヶ原へと緩やかに登り返すことになります。
御幸ヶ原からは女体山に向かいます。ロープウェイの女体山駅から御幸ヶ原へ軽いハイキングを楽しむ子供連れも多いようです。
たどり着いた女体山の山頂は展望の開ける岩峰の上です。しかし濁った梅雨空の下では僅かに男体山の頂が霞んでいるだけでした。
ここからは大黒岩や屏風岩、北斗岩などと名付けられた奇岩の続く登山道を下って行きます。つつじヶ丘から息を切らせながら登って来るハイカーに挨拶を交わしながら下って行くと弁慶の七戻り岩、大きな岩をくぐると広く開けた弁慶茶屋跡にたどり着きました。
ここはつつじが丘コースと白雲橋コースの分岐点です。ベンチで一休みしたのち白雲橋コースをたどり筑波神社へと下る事にしました。
白雲橋コースを下るのは久しぶりで、コースの記憶はあまり残っていません。暗い杉林の中の下りは思いのほか急な下りです。急な下りに飽き始めるころ右手に白蛇弁天の社が現れます。さらにつつじヶ丘から下って来る迎場コースの道を合わせると筑波山神社の社の側にたどり着きました。車を止めた市営駐車場までは土産物屋の建つ参道をしばらく下るだけです。
この時期、筑波山を彩る木の花はシモツケ、赤い小さな花が彼方此方に咲いています。眼を上げると白いオオカメノキと赤いアオダモの花を見付けることが出来ます。アオダモは野球のバットに使われる木とか。