飯能駅8:40~観音寺9:00/05~天覧山9:40~多峯主山10:20/25~雨乞池10:35/11:30~御嶽八幡神社11:40~八耳堂・軍太利神社12:25/30~竜崖山12:50/13:10~燧山13:25/30~竜崖公園13:50~飯能駅14:35
山の会の新年山行は5コース、その一つ飯能の低山歩きに参加しました。
湘南から公共交通でのアプローチでは時間がかかる奥武蔵の山々も、横浜駅から直通の東急東横Fライナーを利用すると1時間半ほどで飯能駅に着くことができます。数年前に参加した日和田山の山行では小田急線や横浜線、八高線、西武池袋線を乗り継ぎ2時間半近くかかった記憶がありますが奥武蔵も近くなったものです。
たどり着いた飯能駅前からは天覧山を目指すことにします。途中にある真言宗の観音寺は武蔵野七福神の寿老人を祀るお寺です。この時期境内には赤い奉納旗がはためいていました。
本尊は如意輪観世音、その両脇には西国、坂東、秩父の百観音が祀られています。また福聚殿脇の弘法大師像は四国八十八ヶ所のお砂踏み場となっています。ここ一カ所でたくさんの観音霊場を巡ったご利益があるのでしょう。
天覧山の登山口は能仁寺の傍にあります。舗装道路を登って行くと中段の広場、その先を左に折れると切り立った岩場に十六羅漢が祀られていました。かつて徳川五代将軍綱吉のとき羅漢像を祀ったことから羅漢山と呼ばれていましたが、明治天皇が近衛連隊の演習を山上から統監したことから天覧山と呼ばれるようになったと言います。
岩っぽい石段を登りたどり着いた山頂からは低いながら大岳山など奥多摩の山々、その上に富士山の頂を見付けることができるところです。
山頂から小さく下った道は多峯主山へ登って行きます。雨乞池への道を左に分けると木の階段が続く急坂になります。山頂直下には小さな子供のためと言う鎖も張られていました。
多峯主山の山頂もたくさんの人で賑わっていました。山頂直下の鞍部には立派なトイレ、ここから左手に下ると雨乞池です。この小さな池は日照りが続いても干上がることがない、池の周りで雨乞をすると雨が降ると伝えられているとか。近くに三面六臂の石仏が祀られていましたが雨乞にかかわりそうな雰囲気は残っていないようでした。
今日は雨乞池の東屋でお雑煮の昼食です。薄めのお餅にナルトやニンジン、三つ葉など、食材はリーダが用意してくれましたが10人分の材料は少し大変だったようです。
雨乞池からは竜崖山に向かうことにします。雑木林の中の心地よい道を下って行くと御嶽八幡神社の岩場です。
見上げる岩場は10mほど、ロッククライミング禁止の立て看板がありましたが登ってみようと思う人もいそうな岩場です。
御嶽八幡神社の社の前に立つと青梅周辺のなだらかな丘陵の先に大岳山や御前山など奥多摩の稜線が続いています。先ほどまで見えていた富士山は雲の中にその姿を隠していました。
ゆるやに下って行く道は県道にたどり着きました。近くには派手な塗装をした幼稚園が建っています。
畑の中を僅かに下って行くと入間川を渡るドレミファ橋です。近くの日高市の巾着田にもドレミファ橋があります。巾着田の橋は橋板も架かる沈降橋、こちらのドレミファ橋は飛び石だけが埋められている橋で流れが速いときは少し危なそうな所でした。
竜崖山の登山口には八耳堂と軍荼利神社が祀られています。現地の案内板などによると八耳堂は金蔵寺の仏堂で聖徳太子を祀ることから太子堂とも呼ばれています。お堂の前には大きな宝篋印塔と六面地蔵が祀られていました。
軍荼利神社は鎌倉時代に大河原氏が創建したものです。大河原氏は竜崖山に砦を造るとともに金蔵寺と軍荼利神社厚く信仰したとされています。
案内板には軍荼利神社と書かれていましたが神社の石柱には軍太利神社、軍荼利神社は真言密教の軍荼利明王を祀ることから名付けられたもので、明治の神仏分離令により多くの神社が軍太利神社や軍刀利神社に名前を変えたようです。
軍太利神社の裏からは杉林の中の登りが始まります。ここは竜崖山城(大河原城)があったところです。固定ロープが張られた坂道は第一ロープ坂とか、しばらく登った平地は殿屋敷と呼ばれ大河原氏が居住していたところと言います。
この先は男坂、女坂に分かれています。男坂は第2ロープ坂と言われる急な登り、視界が開けると竜崖山の山頂にたどり着きました。ここはかつての主郭であったところです。山頂直下には竪堀などもあったようですが見付けることはできませんでした。
広い展望が広がる山頂には石祠や竜崖山の石碑などがあります。山頂の北側には武甲山や大持山、小持山など奥武蔵の山々の展望が広がっています。
山頂の案内板には飯能周辺のハイキングコースの案内板、赤根ヶ峠コースやあさひ山・ゆうひ山コースなどいろいろな散策路が整備されているようです。ネットで紹介されていましたが柏木山303mから続く尾根にも大仁田山、原市場に続く踏み跡があるようです。機会があれば歩いてみるのも良いかも知れません。
竜崖山からは竜崖公園へと下ることにします。一度下って登り返したピークが燧山、火打石を連想する山名ですが燧には狼煙の意味もあるようです。竜崖城の狼煙場なっていたのかも知れませんが名前の由来などを知ることはできません。
展望が広がる燧山で最後の展望を楽しんだのち飯能駅に戻ることにします。竜崖公園から駅までは2kmほどの舗装道路歩きでした。民家の庭先には黄色いロウバイが甘い香りを漂わせていました。