伊弉諾神宮は淡路国一の宮神社です。古事記、日本書記の国生み神話に登場する伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の二柱をお祀りする神社です。古事記のよると最初に造られたのが淡路島、そののち四国、壱岐島が造られたとされています。
国生みを終えた伊弉諾尊が余生を過ごしたのがこの地で、その御陵あとに伊弉諾神宮の本殿が祀られているとされています。
境内には日時計があります。傍にはひのかわみやと陽の道しるべの石碑があり伊弉諾神宮を中心として夏至には日の出方向に諏訪大社、日没方向に出雲大社、春分・秋分には日の出方向に伊勢神宮、日没方向に対馬の海神(わたつみ)神社、夏至には日の出方向に熊野那智大社、日没方向に高千穂神社が位置すると言います。
神池の先は正門、その先には大きな拝殿があります。瑞垣の中には本殿、その下に御陵があるとされています。
境内には根神社と竃神社、住吉神社と厳島神社、左右神社などの摂社がありました。
瑞垣がめぐらされえた夫婦大楠は樹齢800年、伊弉諾尊と伊弉冉尊の2神が宿っていると信じられているところと言います。
古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。
神社建築様式の一つ。屋根の前のほうが長く伸びて向拝をおおい、庇と母屋が同じ流れで葺いてあるのでこの名がある。
正面の柱が2本であれば一間社流造、柱が4本であれば三間社流造という。奈良時代末~平安時代に成立し広く各地に流布しました。
古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。