野坂寺 
秩父観音霊場12番の寺は野坂寺です。山門は重層入母屋造りで左右の花頭窓には十王仏が安置されています。山門の中央にはあずかり観音があります。「右側は怒り・腹立ちを預け平常心に、中央は病気・痛みを預け楽しい日々に、左は煩い、悩みを預け安らぎの心に」の顔をしていると言います。
境内には子授け観音と呑龍上人が祀られた呑龍堂があります。この観音様にお願いし子供が授かったら呑龍上人に子供の無事成長をお願いすると言います。
臨済禅宗南禅寺派
此の札所の開創当時(室町時代)は野坂堂と称する観音堂で現在の本堂の裏山の中腹にありました
野坂寺は別の所にあって札所十二番野坂堂の別当職と代々つとめていましたが寛保元年野坂寺六世佛海和高が寺を現在地に移して野坂堂と一体になりました。重層入母屋造りの山門は同年代の建立で左右の花頭窓の内には十王像が安置されている 本堂(白華殿)は昭和四十八年再建された正面八間半、奥行七間、向拝をふした入母屋造りで観音堂と寺院本堂を兼備した形式であります
御本尊は聖観世音菩薩立像、杉の一本造り●●ぐりがあり高さ一五六糎の等身大で藤原時代の地方の代表作と云われている
縁起によるとその昔甲斐の商人が絹の商いに秩父へ来て当所に至りて賊に遭遇し命と危ない時一心に観世音を唱えると不思議にと賊難を免れた。後に甲斐より秘蔵の観世音五尺の立像を当所に安置しお建立したと伝えられているている
関連記録・コース六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。
源頼朝によって発願され、源実朝が西国の霊場を模範として制定したと伝えられてる33ヶ所の観音霊場。神奈川・埼玉・東京・群馬・栃木・茨城・千葉にかけてある札所を巡拝すると1,300キロメートルになると言う。