滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」ゆかりの地である富山は、低山の連なる房総の山の中にあって、展望と歴史のロマンに包まれた山として知られています。2月もすでに中旬となり春を告げる梅の便りも関東を北上しています。
房総の海岸線をたどる国道127号線を南へ。本来は岩井から道を左手に折れ富山の登山口を目指すべきなのですが、東京湾観音を越える頃からはひどい渋滞。車はなかなか進みません。仕方なく上総湊から道を左に折れ県道をたどり富山へと向かうこととしました。登山口は吉井という集落です。狭い農道をしばらく登った広場に車を停め、山頂を目指すことにします。
登山口からは急な舗装道路を登り始めます。道の両側には黄色い実をたわわに実らせた蜜柑畑が続いています。さすが房総の春はそこまでやってきているようで、道端には水仙が白い花を付けています。杉林の中の車道をジグザクに登って行くと、富山の北峰と南峰を結ぶ鞍部にたどり着きました。ここから木の階段を登っていくと北峰の山頂です。
小広場となっている山頂は、十一州一観台と呼ばれるだけあって、その展望は素晴らしいの一語に尽きます。正面に広がる安房勝山の町並み、その向こうには浦賀水道を挟み城ガ崎から浦賀へと続く三浦半島が霞んでいます。右手には鋸山のギザギザとした断崖と、その向こうに千葉工業地帯の煙突群。ここのベンチに腰を下ろし遅い昼食としました。
昼食の後、鞍部に戻り暗い広葉樹林の中を南峰へと登り返します。朽ち果てた仁王門をくぐり、苔むした急な石段を登ると、小さな観音堂が寂しげに建っている小広場にたどり着きました。観音堂の裏が広葉樹に囲まれた南峰の頂です。立派な休憩小屋が建っていましたが、山頂からの展望はほとんど望めません。しかたなく石仏の置かれた登山道を下り登山口へ戻ることにしました。
帰りは裏参道の麓にある伏姫の篭穴に立ち寄っていくことにします。この小さな洞穴は里見義実の娘伏姫が、妖犬八房とともに隠れ篭ったと伝えられるもので、暗い杉の谷間にひっそりと歴史のロマンを漂わせています。谷間一面には折からの春の日を浴び、水仙が甘い香りを漂わせていました。