西武球場前駅駅10:00~狭山不動尊10:10/30~山口観音金乗寺10:35/50~玉湖神社11:05~狭山富士11:15/20~狭山湖11:40~スーパーせきぐち12:15~荒幡富士12:55/13:45~光蔵寺14:00~正福寺・八坂神社14:45/55~東村山駅15:05
狭山湖の周辺は西武球場や西武遊園地など子供連れで楽しむ行楽地が広がっています。またこの周辺にはアニメのトトロの森のテーマともなった自然の森が残されているところです。
たどり着いた西武球場駅、オープン戦が行われているようで駅前には入場の案内をするスタッフがマイクを持って案内をしていました。
西武球場の前には狭山不動尊があります。西武鉄道グループのオーナーであった堤義明氏が親しかった寛永寺の助力により、天台宗別格本山として建立したお寺です。西武ライオンズの必勝を祈願する寺とも言われているようです。
山門をくぐると御成門、東京芝の徳川秀忠御廟に建立されていたもを移築したものと言います。飛天の彫刻や絵画が多く描かれている楼門です。坂道を登ると狭山不動の本堂です。さらに境内には多宝塔や羅漢堂など古い歴史の建物があります。近くの人の話では「堤さんの寄せ集め寺」とか、結果として古い歴史の跡が今も残されているのでしょう。
狭山不動から坂道を下ると山口観音金乗院です。ここは巨大な龍に出会えるお寺です。本堂の裏手にはたくさんのお地蔵さんが祀られ、それを取り巻くように龍の巨体が奥の院へと続いていました。
奥之院は赤い唐風の五重塔、その下の仏国窟には西国三十三ヶ所と四国八十八ヶ所の仏さまが祀られていました。
奥之院の先は多摩湖自転車道です。武蔵野市、西東京市から多摩湖を周回する自転車道で直線区間は10kmもあると言います。サイクリング自転車で風を切る若者、トレランの仲間連れが走り抜けていました。
玉湖神社を超えると狭山富士です。貯水池工事の残土を積み上げた人工の山で山頂はコンクリートで富士山を模したと言いますがかなり風化しています。それでも開ける視界の先には富士山や丹沢の大室山の頂を見付けることができました。
多摩湖自転車道と別れしばらく歩くと狭山湖(山口貯水池)です。東京都の水がめとして昭和9年に完成したアースフィルダムです。湖に中には観光写真などでお馴染みの取水塔が浮かんでいました。
東屋の近くには「五風十雨の味わい」の石碑が建っていました。これは東京都知事であった石原慎太郎の書と言います。石碑の裏には五日に一度風が吹き、十日に一度雨が降るという意味で気候が順調なこと、転じて世の中が平和であることを意味すると書いていました。
狭山湖からは荒幡富士を目指すことにします。舗装道路を下った山口は一戸建ての住宅が目立つところです。西武狭山線の沿線と言うことで都心へ通勤する人も多いのでしょう。しかし住宅地の中なのか近くにコンビニや食堂などは見当たりませんでした。
白梅などの咲く住宅地から緩やかに登って行くと右手に西武園のゴルフ場、左手には狭山丘陵いきものふれあいの里センターがあります。
たどり着いた荒幡富士は標高119m、明治32年に富士信仰によって築かれた富士塚です。荒幡浅間神社の社の脇から1合目、2合目と坂道を登ると石祠が置かれた山頂です。
目の前には白い雪を被った富士山、その手前に連なる青黒い稜線は陣馬山から三頭山へと続く山々と言います。振り返る青空の下は北関東の山々が見え隠れしているようです。
荒幡富士からは西武競輪場の近くを通り東村山駅に向かいます。住宅地の中を通しばらく歩くと正福寺の千体地蔵堂です。国宝と言う地蔵堂は本尊の地蔵菩薩のほか多くの地蔵菩薩像が安置されているとか、でも公開は年に3回と言います。
正福寺の参道には十三仏祀られています。冥界の審理に関わる13の仏です。十三回の追善供養(初七日~三十三回忌)をそれぞれ司る仏と言います。
正福寺の隣には八坂神社がありました。たくさんの奉納札が張られた拝殿の神額には牛頭天皇の神額が掲げられています。牛頭天王は神仏混合の神様でインドでは祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の守護神であり、日本では疫病よけの神として崇拝されています。
舗装道路の道をしばらく進と東村山駅の西口です。東村山出身のコメデアン、志村けんさんがコロナで亡くなったのは一昨年のこと、駅前には志村けんさんの銅像があると言うことでしたが何処か判りませんでした。
帰りは池袋から湘南新宿線で戻ることにします。しかし西武線は狭山や所沢で路線が複雑に入り組み結構判り難かったです。やはり都心の乗り換えは慣れなければ難しいもの、あまり利用する機会もないでしょうがスマホの乗換案内が便利のようです。