南アルプス北部の盟主である北岳は、富士山に次ぐ日本第2の高峰です。古く平家物語にも「北に遠さかりて雪白き山あり。とへば甲斐のしら根という・・」と詠われたように、また山家集に西行法師が「君住まば甲斐の白峰の奥なりと雪踏み分けて行かざらめやわ」と詠ったように、古くから数多くの人々に興味を抱かせた山です。
北岳に始まり、間ノ岳、農鳥岳と続く南アルプス主稜線上の峰々は白峰三山と呼ばれ、途中の中白峰、西農鳥岳の2峰を含め、南アルプスにそびえる3,000メートル峰全13座のうち、一度に5座を踏むことができる縦走路です。このうち北岳と間ノ岳については深田久弥氏の日本百名山に、また農鳥岳については日本二百名山に選ばれた山です。
新宿発の夜行列車に乗り甲府駅へ。深夜3時ごろ、北岳の登山口のある広河原に向かう臨時の夜行バスは甲府駅前を出発しました。途中、夜叉神峠で鳳凰三山へと向かう数人のパーティを降した後、まだ夜も明けやらぬ広河原の終点にたどり着きました。
(8月10日)
広河原-2:10→ 二股 -1:30→白峰御池分岐 -0:55→ 肩ノ小屋 -0:45→ 北岳 -0:45→ 北岳山荘(宿泊)
(8月10日)
北岳山荘 -0:50→ 中白峰 -0:50→ 間ノ岳 -1:00→ 農鳥小屋 -0:40→ 西農鳥岳 -0:35→ 農鳥岳 -0:25→ 大門沢分岐点 -2:05→ 大門小屋 -2:30→ 奈良田
広河原から林道をしばらく登り、野呂川に架かる立派な吊り橋を渡ったると広河原山荘。山荘内はすでに明かりが灯り、早い朝食の最中のようです。
雑木林の中の登山道をしばらく登り白峰御池コースの道を右に分けるといよいよ大樺沢です。正面には朝日を浴びた北岳がそびえ立っています。やがて登山道は右手の崩壊地を避け右岸に付けられた新しい巻き道を登って行くようになります。しばらく登ると登山道は左岸の河原に下って行きます。
ここからは大樺沢の河原に沿った登りに汗を流します。振り返ると鳳凰三山のなだらかな稜線が雲の間より顔をのぞかせていました。正面には白く広がる大樺沢の大雪渓。今年は雪が多かったのか、まだかなりの雪渓が谷を埋めています。スプーンカットの上を慎重にたどりながら雪渓を登って行くと、やがて沢が大きく二手に分かれた二俣です。正面の沢を詰めると八本歯ノコルを越え吊尾根の分岐へと向かう道。右手の道は右俣コースと言われ、草スベリの上部を経て北岳肩ノ小屋へと向かう道です。我々は右俣コースをとることにしました。
二股から大樺沢を離れ急な右俣コースの登りに汗を流します。ダケカンバの目立つ急斜面にはたくさんの高山植物が咲き乱れ、疲れた目を楽しませてくれます。しばらく潅木林の中を登って行くと氷河の跡というカール状の草地にたどり着きました。夜行列車の疲れのためかなかなかペースも上がりません。思い切ってここで大休止としました。
大休止の後、北岳の山頂へと突き上げる八本歯の岩峰を眺めながら小太郎尾根へ。しばらく登ると右手から白峰御池コースの道を合わせます。振り返ると鳳凰三山の長いなだらかな尾根が目の前に横たわっていました。
ジグザクを繰り返すたびに高度を上げていくと小太郎尾根の稜線に飛び出します。稜線上からは北側の視界が大きく開け、夏雲を沸き上げる甲斐駒ヶ岳の荒々しい岩峰。対照的に仙丈ヶ岳のなだらかな稜線が眼前に広がっていました。
ここからは小太郎尾根の稜線上を北岳肩ノ小屋へと登って行きます。幾つかのコブを越えたところが山頂の直下、標高3,000メートルの稜線上に建つ北岳肩ノ小屋です。
肩ノ小屋からは山頂に向かって最後の登りです。大きな岩のゴツゴツとした急登にひと汗を流すと、日本第2の高峰である北岳の山頂にたどり着きました。残念ながら山頂は舞い上がる霧に包まれ視界は望めません。気温もかなり低くなっているようです。早々に今夜の宿泊地である北岳山荘へと下ることにします。
北岳山荘へは岩のゴツゴツとした稜線を一気に下って行きます。鞍部に建つ2階建ての山小屋が芦安村の経営する北岳山荘。付近一帯はキャンプ場に指定されているようで、すでに色とりどりのテントが張られています。我々も受け付けで宿泊手続きを済ませたのち自炊場で遅い昼食としました。今日はかなりたくさんのパーティがここに宿泊するようです。蒲団一枚に3人の雑魚寝。夏山の常とは言いながらあまり好きになれるものではありません。
夕食は山小屋としてはまずまずのメニュー。おそらくヘリコプターで食糧の荷揚げをしているのでしょう。食後は暗くなった小屋の外に出て星空を眺めました。都会のネオンのせいで夜空が明るくなったのでしょうか、カシオペアが頭上に輝いているものの期待したほどの星空には出会うことができませんでした。
早朝、まだ暗いうちに蒲団を這い出し、前日予約しておいた弁当を受け取り出発です。残念ながら今朝の天気は霧。あたりは吹き上げる霧に包まれ何も見えません。雨具に身を固め中白峰へと向かう広い稜線を歩き始めました。
岩のゴツゴツした急な稜線をひと登りすると中白峰の山頂です。標高3,055メートルを示す標柱の建つ山頂は霧に包まれ視界は全くありません。ここで今朝受け取った御弁当の朝食です。
朝食の後、吹き付ける霧の中を間ノ岳へと向かうことにします。広い尾根道をたどって行くと小広い間ノ岳の山頂です。左手のくぼ地にはまだ残雪が残っています。そろそろ朝日が登っているようですがあたりは巻き上がる霧で何も見えません。
山頂からは右手に三峰岳を経て塩見岳へと続く縦走路が分かれていました。我々は左手の尾根伝いに付けられたペンキの矢印に従い農鳥小屋へ向かうことにします。山頂からは岩のゴツゴツした下り坂を急降下します。しばらく下ると急に霧が晴れ上がり、雲海の上に富士山がその姿を見せてくれました。思わず歓声を上げてしまいそうな眺めです。さすがの富士山も3,000メートルの稜線からは幾分低く見えてしまうものです。
岩屑の覆われた坂道を下って行くと真っ赤な屋根の農鳥小屋です。ここからは正面に西農鳥岳のゴツゴツとした岩峰。振り返る晴れ上がった夏空に間ノ岳の頂がそびえ立っています。また左手には鳳凰三山のなだらかな稜線と夜叉神峠。その右手には櫛形山のなだらかな尾根が雲に浮かんでいました。
農鳥小屋からは西農鳥岳へと登り返すことになります。岩屑に覆われた急坂にあえぎながら山頂直下の岩場を右に巻くと、小さな標柱の建つ西農鳥岳の山頂です。正面にはこれから向かう農鳥岳。右手には低い雲に山頂を隠しながら塩見岳、荒川岳など南アルプス南部の稜線が霞んでいました。
西農鳥岳からはゴツゴツしたコブの続く稜線を農鳥岳へ。たどり着いた農鳥岳は今回の山行で最後となる山頂です。ここからは大門沢への下降点に向け広い尾根道を下って行きます。
分岐点からは大門沢へと急な坂道が始まります。しばらく下ると登山道はダケカンバの潅木林の中を下るようになります。さらにしばらく下ると登山道は急な滑りやすい針葉樹の中を下って行きます。しばらく辛い下り坂を下って行くと大門沢源頭の沢にたどり着きました。今日はまだ時間も早いようです。急げば大門沢小屋には泊まらず、このまま帰宅することも可能な時間です。この道端に腰を下ろし急いで昼食としました。
昼食の後、幾分なだらかになった登山道を奈良田に向かって下って行きます。しばらく沢沿いの道を下っていくと赤い屋根をした大門沢小屋。ここからは荒れた大門沢沿いの道を下って行きます。やがて右岸の小尾根を越えしばらく下っていくと西山発電所の沈砂池。途中、揺れる吊り橋を渡りながら道を下るとムジナ沢の休憩所。ここで今日最後の小休止です。
小休止の後、疲れ始めた足を引きずりながら奈良田へと下って行くと、造成中の林道に飛び出しました。ここには奈良田温泉のライトバンが客を待っていました。まだ最終バスには若干時間があるとか。ひと風呂を浴びるなら旅館まで乗せてくれると言います。色々な効能があるという温泉で汗を流しサッパリしてから帰りのバス停へ。ここから身延の駅まではバスで2時間ほどかかるようです。
夏の白峰三山は高山植物の宝庫。たくさんの花が今を盛りに咲き乱れています。しかし、北岳の特産種というキタダケソウはこの時期お目にかかることはできないと言います。
右俣コースのお花畑にはたくさんの花が咲いています。黄色い花はミヤマキンポウゲ。低地のウマノアシガタと同じ種類ですが、このような山で見る群生は美しいものです。紫の花を付けた花はタカネグンナイフウロウ。おなじみのハクサンフウロウはあまり多く咲いていないようです。ミヤマハナシノブはここ北岳と北アルプスの白馬岳周辺のみに分布する希産種と言います。豆のような花を付けたイワオウギも見付けることができました。今年は雪が多かったせいでしょうか、ショウジョウバカマがまだ花を付けていました。
小太郎尾根の稜線はハエマツの生える岩稜で、岩影には小さな花を付けたクモマミミナグサやタカネツメクサが、またハクサンイチゲも咲いていました。
農鳥岳の稜線も高山植物の多い稜線です。ハイマツの生える岩影にはハクサンイチゲやチングルマ、チシマギキョウ、タカネウスユキソウも咲いていました。