熊野神社 


 寺社の種類:神社
 創建の時期:-
 御祭神:伊弊諾命伊弊再命、諺坂姫命
 本殿の形式:-
 所在地:神奈川県横浜市瀬谷区阿久和東4丁目7-1
 訪問日:2022年1月17日

 

弘和年間(1381~1384年)に祠を祀ったと言います。江戸期には、新橋五霊社、新橋神明社、新橋天神社などと共に阿久和村の鎮守社となっていました。

熊野神社の石段
熊野神社の石段
熊野神社の境内
御手水場
境内に舞殿
境内の奥に拝殿
熊野神社の拝殿
拝殿
精緻な彫刻が施されています

広い境内には拝殿や神楽殿がありました。

 

 《熊野神社》横浜市教育委員会の案内板

社伝によると、平安時代の安和の頃(958~970年)から当地区のハ々は、こんもりと茂ったこの森を「天神地祇の御座所」と歌い木を切ることを禁じて「まつりの場所」としていましたが、南北朝時代の弘和の頃(1381~1384年)に小さな社を建てて祀りました。

江戸時代には、阿久和を知行した安藤治右衛門定喬は社事に率先したといいます。現在の社殿は、明治6年(1873年)の建立で、拝殿は数々の彫刻で飾られています。

江戸時代から守り続けられている9月19日の例祭には、神職による「湯立神楽(湯花神楽》」、氏子による阿久和囃子が奉納されます。

神楽殿は、相模歌舞伎などを演じるための芝居小屋として昭和9年(1934)に建築されました。日本三大地歌舞伎の一つである相模歌舞伎は、地芝居として昭和30年代中頃まで演じられていました。その後、神楽殿は、地域の人々の踊りや歌など祭りの場として利用されてきました。

平成20年3月 横浜市教育委員会文化財課

 

 関連記録・コース


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古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。

黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。

 

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古事記に登場する神で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と結婚し、国生みと神生みを行った女神。火神を生んで死に黄泉国(よもつくに)を支配する黄泉大神となりました。

 

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