熊野神社 
熊野信仰が盛んになった数百年前に熊野三山から勧請されたと言います。享保11年(1726年)本殿が造営されたことが、本殿の左右の扉に残された墨書から確認できます。
現在の社殿は昭和46年(1971年)に再建されたものと言います。
祭神
伊弉諾尊、伊弉冉尊
由緒
当熊野神社は和歌山県熊野にある本宮(熊野坐神社)新宮(熊野速玉神社)及び那智(熊野那智神社)の熊野三山神社を勧請したものである。
家都御子神(別名素盞嗚尊)を祭神とする本宮大社と熊野速玉神を主祭神とし熊野夫須美神家都御子神を祭る熊野速玉大社及び熊野夫須美神を主祭神とし家都美御子神熊野速玉神を祭る熊野那智大社は、平安時代末期にはこの三所を合せて、熊野(三所)権現と称するようになった。
この熊野三山信仰は、九〇七年(延喜七年)には宇多法皇の御幸があったように、神霊の霊力により無病息災家内安全が祈願され全国的に一世を風びするに至った。従って当社の創立はつまびらかではないが、数百年前に勧請され社殿の内陣に夫須美神の御神像が安置され奉斎されている事に依り知ることが出来る。
当社の本殿墨書など現存する記録によれば、大飢饉大火疫病等の天変災害に御祭礼を行ない安全祈祷の数々が記されているが、当社の歴史を銘するものとして次のように記されている。
享保十一年四月吉日 本殿造立する
明和九年九月廿一日 社殿再建する
安永六年八月吉日 社殿再建する
嘉永三年三月十五日 社殿再建する
安政五年十一月廿一日 社殿再建する
明治九年九月廿一日 村社に列せらる
昭和十年十一月十九日 社殿再建する
以下不明
関連記録・コース古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。
古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
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