厚木熊野神社 


 寺社の種類:神社
 創建の時期:ー
 御祭神:速玉男命、大名牟遅命、速玉男之命、四方津事解男之命、伊弉冊之命
 本殿の形式:ー
 境内社:ー
 所在地:神奈川県厚木市旭町3丁目14
 訪問日:2024年1月29日

 

寛元元年(1243年)に相模国愛甲庄が熊野山領となっていたことから、熊野社が勧請されたのではないかと言います。江戸期には船喜田神社、厚木神社(牛頭天王社)と共に村の鎮守となっていましたが、明治6年厚木神社に合祀されて廃社となりました。明治中期に疫病が流行した際に再奉祀したと言います。

熊野神社の鳥居
住宅地の中に熊野神社の鳥居
御手水場
小さな拝殿
熊野神社のご神木銀杏
ご神木の銀杏

境内のイチョウは樹齢450年と推定される古木で厚木市の指定天然記念物です。この付近は、古くから熊野の森と言われ、渡辺崋山の「厚木六勝」図の一つ「熊林ノ暁鴉(ゆうりんのぎょうあ)」図として描かれています。

 

 《熊野神社》現地の案内板

厚木市旭町三丁目十四番三号

熊野神社は、大山参詣などでにぎわった旧矢倉沢往還に面して建っています。『新編相模国風土記稿』によると、熊野三社と称し、 古くは厚木村の総鎮守であったといいます。別当寺は、熊野堂 (あるいは熊野寺とも称す、本山修験、本寺は京都聖護院)であり、 明治初期廃寺となりましたが、現在も神社北側に鎌倉時代から続く代々の僧の墓碑等があります。

聖護院門跡の道興は、本山修験を広めるための東国巡歴の途上、 文明十八年(一四八六)に熊野堂を訪ねています。

明治六年(一八七三)、厚木神社に合祀されましたが、明治中期に現在地にもどりました。

境内のイチョウは厚木市指定天然記念物(昭和五十二年四月十三日指定)の古木です。樹齢約五百年と推定され、幹の根元は直径三・○m余り、根元から一・二mの所で南北に分かれています。幹には、古木にしばしば見られる乳状下垂 (幹や太い枝の表皮の一部が垂れ下がったもの)が確認されます。

熊野神社付近は、古くから「熊野の森」と言われ、天保二年 (一八三一)に厚木を訪れた渡辺崋山が描いた「厚木六勝」図一つ、「熊林暁鴉」はこの森を描写したものです。

厚木市教育委員会

 

 関連記録・コース


 伊弉諾尊・伊邪那岐命(いざなぎのみこと)

古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。

黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。

 

 伊弉冉尊・伊邪那美命(いざなみのみこと)

古事記に登場する神で、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と結婚し、国生みと神生みを行った女神。火神を生んで死に黄泉国(よもつくに)を支配する黄泉大神となりました。

 

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