住宅地に中にある小さな天満宮です。神奈川県神社庁によると「旧稱梅の院天満宮と稱せられ、武州橘樹郡神奈川宿台町に鎌倉時代に創設せられる。当時東海道を旅する武士町人の崇敬する者多くを教え、江戸名所図絵にも小社なれども有名なりと描かれる。」と紹介されていました。
小さな境内に社殿があります。訪れる人はあまりないようで閑散としていました。
平安前期の公卿、学者、文人。845~903年。宇多天皇の信任が厚く、藤原氏を押さえるため藤原基経の死後蔵人頭(くろうどのとう)に抜擢されましたた。延喜元年(901年)藤原時平の中傷により大宰権帥(だざいのごんのそち)に左遷され配所で没しました。
のちに天満天神として崇拝されました。
古事記、日本書記に登場する神です。須佐之男命と神大市比売の子です。農耕の神、商工業の神、商売繁盛の神としても信仰されていて全国の稲荷神社で祀られています。
日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。
高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。