大谷崩れ駐車場9:20~扇の要9:45/50~1580m付近10:30/40~1700m付近11:05/15~新窪乗越11:35/45~大谷嶺12:40/13:55~新窪乗越14:50/15:00~1570m付近15:35/50~大谷崩れ駐車場16:40
立山の鳶山崩れ、長野の稗田山崩れとともに日本三大崩れの一つに数えられる大谷崩れは安倍川の最深部にそびえる2000mの稜線です。またここは富士山の噴火をもたらせた宝永4年(1707年)の地震で大谷嶺が山体崩壊したところと言います。
梅ヶ島温泉近くからペンションが建つ山道を登って行くと大谷崩れの駐車場があります。平日にもかかわらず7、8台の車が停まっています。車止めのゲートから緩やかな舗装道路を登ると幸田文の文学碑が建っていました。
小さなケルンの脇から雑木林の中の登山道が始まります。広く開けた大谷川の河原には土石流の堆積物が厚く積み重なっていました。
雑木林の中の登山道を登って行くと扇の要です。ここからは本谷に沿った登りが始まります。崩れてきたのでしょう所々に大きな岩場が転がっていました。
やがて谷は岩屑に覆われた明るい斜面を登るようになります。青空の下に新窪乗越を見上げながら登る急斜面は鮮やかさを競う紅葉に包まれています。振り返ると左手には霞んだ安倍奥の山々、十枚山や青笹山、竜爪山の頂を見付けることができます。
気温はかなり低いようですが日差しを受けながら登ることもあり額には汗か噴き出してきます。やがて左手の灌木に沿ってジグザグを切りながら登るようになると新窪乗越は目の前です。
ここで出会った人は地元静岡の人、7時ころには大谷嶺に立っていたと言います。近くの山伏も四季それぞれに良い山とか、西日影沢や夏のヤナギランもお勧めと話していました。
新窪乗越からは灌木の稜線歩きが始まります。足元に目を落とすとヤマイワカガミの葉が一面に、春先は白い花が咲くくところのようです。
樹林帯のピークからは小さく下って行きます。途中には固定ロープやアルミの梯子もありましたがロープに頼るほどのことはありません。
鞍部の右手は本谷に向かって崩壊しています。見下ろす崩壊した斜面に登山道の白い筋が続いていました。
ここからは小さなピークを越えて行きます。急な登りは固定ロープも張られ疲れ始なた足にはなかなか辛い登りでした。
たどり着いた大谷嶺は小さな広場、南側は開けているものの北側は木立に覆われています。梢に先に荒川三山、大笊、小笊の右手には農鳥岳や北岳の頂を見付けることができます。その稜線はすでに白く雪化粧をしていました。
ここは静岡と山梨の県境の山で山梨県側では行田山と呼ばれているとか、早川町が設置した山頂標識には行田山と書かれていたようで山名が削り取られていました。
日が陰って来たのが山頂は気温が下がっています。巻き上がるガスを含んだ風で手も冷たくなってきました。木陰にピクニックシートを広げ担いできた餃子鍋です。水餃子用の餃子のほか宇都宮の冷凍餃子も持ってきました。これからの季節、暖かいのが何よりと言うところです。
山頂からは往路を下り新窪乗越へ。お腹が膨れすぎたのか稜線の登り返しは結構きつく足もなかなか上がりません。
新窪乗越、大谷崩れの途中で休憩をとりながら車を停めた駐車場を目指します。ザレた岩屑の急坂は歩くたびにざらざらと崩れなかなか疲れる下りです。
大谷嶺でゆっくり山鍋を楽しんだこともあり駐車場にたどり着いたのは4時40分、曇っていることもあり早い秋の日はすでに暮れかけていました。