屋島寺(やしまじ) 


 寺社の種類:真言宗御室派
 山号: 南面山、院号:千光院
 創建の時期:天平勝宝6年(754年)、鑑真と伝えられる
 所在地:香川県高松市屋島東町字屋島峯1808番地
 訪問日:2011年10月26日

 

屋島寺は源平合戦の古戦場、屋島を見下ろす頂の上にあるお寺です。天平勝宝6年(754年)、唐より来朝した鐶真和上が屋島山上北嶺に伽藍建立、そののち弘仁6年(815年)には弘法大師十一面観世音菩薩を刻んみそれまで北嶺にあった伽藍を現在の南嶺に移し四国八十八ヶ所の霊場としたと伝えられるところです。

屋島ドライブウェイから見下ろす屋島の古戦場
屋島寺の山門
参道に並ぶ石仏
小さな五重塔
三躰堂

屋島ドライブウェイを登って行くと屋島の古戦場が一望できます。案内板には古戦場の案内がされていましたが目立った建物や遺跡はあまり残っていないようです。たどり着いた広い駐車場には平日にもかかわらずたくさんの観光バスが停まっていました。

大きな山門をくぐると参道のわきには石像や堂が建ち並んでいます。神仏混合の歴史を残すのか熊野権現の社もありました。

千躰堂
大きな手洗い石
大師堂
遍照閣の扁額

大きな本堂は鎌倉末期の建物、本尊は十一面千手観音と言います。本堂のわきに祀られた狸像は屋島狸(太三郎狸)と呼ばれ、佐渡の団三郎狸、淡路の芝右衛門狸と並んで日本三名狸に数えられているもので、四国狸の総大将と言われています。

熊野権現の社
参道に七福神の石像
屋島寺の狸
朱塗りの本堂

歩き遍路で屋島を訪れるときはロープウェイか屋島へと登るハイキングコースを利用するとか。ロープウェイ駅側からは参道を登ってくると大きな仁王門がそびえています。

本堂には
ロープウェイ駅側に山門
山門から眺める本堂
血刀を洗ったと言う血の池

境内にある大きな池は瑠璃宝池、源平合戦に勝った源氏軍が血刀を洗ったところ池はまっ赤に染まったと伝えられるところです。

関連記録・コース

 真言宗御室派(しんごんしゅうおむろは)

日本仏教の一宗派。真言系の宗派で古義真言宗に属する。宗祖は空海で派祖は宇多天皇(寛平法皇)、総本山は仁和寺。

 

 鑑真(がんじん)・過海大師・唐大和上(とうだいわじょう)

中国、唐代の高僧。日本律宗の開祖。揚州大明(たいめい)寺で戒律を講じ名声があった。742年日本僧栄叡(ようえい)らの請に応じて来日を志したが海賊や風波の災で5度挫折の後、754年渡来した。

 

 十一面観音菩薩(じゅういちめんかんのんぼさつ)

六道を教化する六観音の一つ。11の顔と2臂または4臂をもった姿の観音。

 

 四国八十八ヶ所四国巡礼(しこくじゅんれい)

四国にある弘法大師ゆかりの88か所の寺院の総称で、四国霊場の最も代表的な札所である。

1番 霊山寺、2番 極楽寺、3番 金泉寺、4番 大日寺、5番 地蔵寺、6番 安楽寺、7番 十楽寺、8番 熊谷寺、9番 法輪寺、10番 切幡寺、11番 藤井寺、12番 焼山寺、13番 大日寺、14番 常楽寺、15番 国分寺、16番 観音寺、17番 井戸寺、18番 恩山寺、19番 立江寺、20番 鶴林寺、21番 太龍寺、22番 平等寺、23番 薬王寺、24番 最御崎寺、25番 津照寺、26番 金剛頂寺、27番 神峯寺、28番 大日寺、29番 国分寺、30番 善楽寺、31番 竹林寺、32番 禅師峰寺、33番 雪蹊寺、34番 種間寺、35番 清滝寺、36番 青龍寺、37番 岩本寺、38番 金剛福寺、39番 延光寺、40番 観自在寺、41番 龍光寺、42番 仏木寺、43番 明石寺、44番 大寶寺、45番 岩屋寺、46番 浄瑠璃寺、47番 八坂寺、48番 西林寺、49番 浄土寺、50番 繁多寺、51番 石手寺、52番 太山寺、53番 円明寺、54番 延命寺、55番 南光坊、56番 泰山寺、57番 栄福寺、58番 仙遊寺、59番 国分寺、60番 横峰寺、61番 香園寺、62番 宝寿寺、63番 吉祥寺、64番 前神寺、65番 三角寺、66番 雲辺寺、67番 大興寺、68番 神恵院、69番 観音寺、70番 本山寺、71番 弥谷寺、72番 曼荼羅寺、73番 出釈迦寺、74番 甲山寺、75番 善通寺、76番 金倉寺、77番 道隆寺、78番 郷照寺、79番 天皇寺、80番 国分寺、81番 白峯寺、82番 根香寺、83番 一宮寺、84番 屋島寺、85番 八栗寺、86番 志度寺、87番 長尾寺、88番 大窪寺

 

 鑑真(がんじん)・過海大師・唐大和上(とうだいわじょう)

中国、唐代の高僧。日本律宗の開祖。揚州大明(たいめい)寺で戒律を講じ名声があった。742年日本僧栄叡(ようえい)らの請に応じて来日を志したが海賊や風波の災で5度挫折の後、754年渡来した。

 

 空海(くうかい)弘法大師(こうぼうだいし)

平安時代の僧。真言宗の開祖。最澄と並ぶ平安仏教の確立者。15歳で母方の伯父阿刀大足(あとのおおたる)について京都へ遊学。延暦23年(804年)入唐し翌々年帰朝。高野山に金剛峰寺を建立し東寺(教王護国寺)を真言道場とした。

 

 十一面観音菩薩(じゅういちめんかんのんぼさつ)

六道を教化する六観音の一つ。11の顔と2臂または4臂をもった姿の観音。

 

 屋島の戦(やしまのたたかい)

1185年2月、一ノ谷の戦いに敗れて屋島に拠っていた平氏を、源義経の軍勢が急襲し海上に追い落とした合戦。義経の弓流し平景清の錏しころ引き、那須与一の扇の的などの逸話で名高い。

 

 神仏習合(しんぶつしゅうごう)神仏混淆(しんぶつこんこう)

日本古来の神と外来宗教である仏教とを結びつけた信仰のこと。すでに奈良時代から寺院に神が祀られたり、神社に神宮寺が建てられたりした。平安時代頃からは本格的な本地垂迹(ほんじすいじやく)説が流行し、中世になって両部神道などが成立した。

 

 熊野権現(くまのごんげん)・熊野三社権現(くまのさんじゃごんげん)・熊野三所権現(くまのさんしょごんげん)

熊野三山に祀られる神であり、本地垂迹思想のもとで権現と呼ばれるようになった。熊野神は各地の神社に勧請されており、熊野神を祀る熊野神社・十二所神社は日本全国に約3千社ある。

本宮の神である家津御子大神(けつみこのおおかみ)には阿弥陀如来、新宮の神である速玉大神(はやたまのおおかみ)には薬師如来、那智の神である牟須美大神(むすびのおおかみ)には千手観音の本地仏があてられている。

 

 十一面観音菩薩(じゅういちめんかんのんぼさつ)

六道を教化する六観音の一つ。11の顔と2臂または4臂をもった姿の観音。

 

 六観音(ろくかんのん)

六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。

 

 空海(くうかい)弘法大師(こうぼうだいし)

平安時代の僧。真言宗の開祖。最澄と並ぶ平安仏教の確立者。15歳で母方の伯父阿刀大足(あとのおおたる)について京都へ遊学。延暦23年(804年)入唐し翌々年帰朝。高野山に金剛峰寺を建立し東寺(教王護国寺)を真言道場とした。

 

 真言宗(しんごんしゅう)

弘法大師空海(774~835)が唐で学んだ密教を教義に平安初期に開いた。大日如来を教主とし、身口意(しんくい)三密の加持力で即身成仏(じょうぶつ)させるのを本旨とする。

 

 最澄(さいちょう)・伝教大師

平安初期の僧。767~822年。天台宗の開祖。比叡山に入り根本中堂を建立。延暦23年(804年)空海とともに入唐し翌年帰国した。

 

 六観音(ろくかんのん)

六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。

 

 一ノ谷の戦(いちのたにのたたかい)

1184年2月、源義経・範頼が再挙を計った平氏を一ノ谷に襲い海上に敗走させた戦い。義経の鵯越(ひよどりごえ)の奇襲戦法が有名。

 

 源義経(みなもとよしつね)

1159~1189年、平安末期・鎌倉初期の武将。源義朝の九男。幼名は牛若丸。平治の乱で捕らえられ鞍馬寺に入り、さらに奥州の藤原秀衡のもとに身を寄せた。兄頼朝の挙兵に応じて義仲を討ち、次いで平氏を一ノ谷・屋島・壇ノ浦に破って全滅させた。のちに頼朝と不和になり奥州に逃れたが秀衡の死後その子泰衡に襲われ、衣川の館で自殺。悲劇の英雄として伝説化される。

 

 本地垂迹(ほんちすいじゃく)

菩薩や仏陀がかりに神の姿をとって垂迹するという説、神は権現と呼ばれるようになった。神の正体とされる仏を本地仏と言う。神々に付会される仏は、宗派、信仰、寺院、神社によって異なる。

 

 本地垂迹(ほんちすいじゃく)

菩薩や仏陀がかりに神の姿をとって垂迹するという説、神は権現と呼ばれるようになった。神の正体とされる仏を本地仏と言う。神々に付会される仏は、宗派、信仰、寺院、神社によって異なる。

 

 家津美御子神(けつみみこのかみ)・家都御子神(けつみこのかみ)

熊野本宮大社の祭神。樹木を支配する神とされ素戔嗚尊(すさのおのみこと)の別名ともいわれる。

 

 阿弥陀如来(あみだにょらい)

大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で生あるものすべてをすくう仏様。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんになり、浄土宗、浄土真宗、時宗などの浄土教宗派が成立した。

阿弥陀如来像は質素な形で如来の通相と呼ばれる姿をしています。小指を除く三指と親指で輪にした九品来迎印(くぼんらいごういん)を結んでいるのが特徴です。

 

 速玉之男命・速玉雄命(はやたまのお)

日本書紀のみ登場する神様。死んだ伊邪那美命(いざなみのみこと)との別れを決意した伊弉諾命(いざなぎのみこと)が、別れの決意を固くするために唾を吐き口を拭ったときに生まれた神様です。

 

 薬師如来・薬師瑠璃光如来(やくしにょらい)

東方浄瑠璃世界の教主。人々の病患を救うとともに悟りに導くことを誓った仏で医薬の仏として信仰される。右手に施無畏印(せむいいん)を結び、左手に薬壺(やっこ)を持つ。脇侍に日光菩薩と月光菩薩、眷属として十二神将が配される。

 

 千手観音(せんじゅかんのん)・千手千眼観自在菩薩

六観音の一つ。限りない慈悲を表す菩薩で、千の慈悲の眼と千の慈悲の手をそなえ、生ある者を救うという。二七面四二臂の像が一般的。千手千眼観世音。千眼千臂観世音。

 

 六観音(ろくかんのん)

六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。

 

76番金倉寺 11.10.2575番善通寺 11.10.2574番甲山寺 11.10.2573番出釈迦寺 11.10.2572番曼荼羅寺 11.10.2571番弥谷寺 11.10.2570番本山寺 11.10.2469番観音寺 11.10.2468番神恵院 11.10.2467番大興寺 11.10.2466番雲辺寺 11.10.2465番三角寺 11.10.2460番横峰寺 11.10.2464番前神寺 11.10.2363番吉祥寺 11.10.2362番宝寿寺 11.10.2361番香園寺 11.10.2359番国分寺 11.10.2358番仙遊寺 11.10.2357番栄福寺 11.10.2356番泰山寺 11.10.2355番南光坊 11.10.2354番延命寺 11.10.2345番岩屋寺 11.10.2244番大寶寺 11.10.2246番浄瑠璃寺 11.10.2247番八坂寺 11.10.22番外文殊院 11.10.2248番西林寺 11.10.2249番浄土寺 11.10.2250番繁多寺 11.10.2251番石手寺 11.10.2253番圓明寺 11.10.2152番太山寺 11.10.2143番明石寺 11.10.2142番佛木寺 11.10.2141番龍光寺 11.10.2140番観自在寺 11.10.2039番延光寺 11.10.2038番金剛福寺 11.10.2037番岩本寺 11.10.2036番青龍寺 11.5.2835番清瀧寺 11.5.2834番種間寺 11.5.2733番雪蹊寺 11.5.2732番禅師峰寺 11.5.2731番竹林寺 11.5.2730番善楽寺 11.5.2729番国分寺 11.5.2728番大日寺 11.5.2727番神峯寺 11.5.2626番金剛頂寺 11.5.2625番津照寺 11.5.2624番最御崎寺 11.5.2623番薬王寺 11.5.2622番平等寺 11.5.2621番太龍寺 11.5.2420番鶴林寺 11.5.2419番立江寺 11.5.2418番恩山寺 11.5.2417番井戸寺 11.5.2416番観音寺 11.5.2415番国分寺 11.5.2414番常楽寺 11.5.2413番大日寺 11.5.2412番焼山寺 11.5.2311番藤井寺 11.5.2310番切幡寺 11.5.239番法輪寺 11.5.238番熊谷寺 11.5.237番十楽寺 11.5.236番安楽寺 11.5.225番地蔵寺 11.5.224番大日寺 11.5.223番金泉寺 11.5.222番極楽寺 11.5.221番霊山寺 11.5.22
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