四国八十八ヶ所第61番栴檀山 香園寺(せんだんさん こうおんじ) 


 寺社の種類:真言宗単立
 創建の時期:6世紀末、聖徳太子の創建と伝えられる
 本尊:大日如来
 所在地:愛媛県西条市小松町南川甲19
 訪問日:2011年10月23日

 

広い境内の奥には何処かの公会堂のようなモダンなコンクリートの建物があります。これは昭和51年に建てられた大聖堂で本堂と大師堂を兼ねる建物です。

一階にはお遍路さんが参拝するため弘法大師像と曼荼羅が掲げられています。灯明を供えられるのはここまでと言います。

参道に見上げる大きな杉の木
香園寺の本堂
香園寺の本堂
一階には参拝のための仏画

二階は大きな須弥檀が置かれ中央には大日如来、左右には観音菩薩弘法大師が祀られていました。

たくさんの椅子が置かれた堂内は灯篭などによりライトアップされ荘厳な雰囲気を醸し出していました。ここにたくさんの信者を集め説話などが語られているのでしょう。

須弥壇に大日如来
弘法大師像
聖観世音像
ライトアップされた須弥壇

境内の外れには小さなお堂があります。その中には赤子を抱いた子安大師像、弘法大師が難産で苦しむ女性を助けるため加持祈祷を行ったと伝えられるところです。

小さなお堂に子安大師
子安大師像
本地堂
子安大師の石碑

大正時代に住職が子安講をはじめ、全国に多くの信者を抱えるようになったと言います。大きな木の下には子安大師と彫られた石碑もありました。

関連記録・コース

 真言律宗(しんごんりっしゅう)

鎌倉時代の初め、叡尊が興した真言系の律宗。奈良の西大寺が本山。1895年(明治28年)一宗として独立。

 

 真言律宗(しんごんりっしゅう)

矢倉沢往還は江戸赤坂門から足柄峠を経て沼津宿へと結ぶ街道です。律令時代には足柄道として整備されていました。延暦噴火(800-802年)により一時通行が困難になり鎌倉時代には湯坂道が東海道の本道となりました。

 

 聖徳太子(しょうとくたいし)・厩戸皇子(うまやどのみこ)・豊聡耳 (とよとみみ)

574~622年、古代推古朝の摂政、用明天皇の皇子。推古天皇の皇太子となり摂政として内政・外交・仏教の興隆に力を尽した。

冠位十二階、十七条憲法を制定。豪族勢力を押えて中央集権的官僚国家建設の準備を整えた。外交面では任那回復のための新羅征討、小野妹子を隋に派遣して国交を開いた。

仏教を深く信仰し法隆寺、四天王寺などを建立し、仏典の注釈三経義疏を著わしたと伝えられる。

 

 大日如来(だいにちにょらい)

真言密教の教主。諸仏、諸菩薩の根元をなす理智体で宇宙の実相を仏格化した根本仏とされる。智徳の表現が金剛界大日、理徳の表現が胎蔵界大日とされ、天台宗では大日如来釈迦如来は法身、応身で同体とし、真言宗では釈迦如来は顕教の教主とみて異体とする。

 

 四国八十八ヶ所四国巡礼(しこくじゅんれい)

四国にある弘法大師ゆかりの88か所の寺院の総称で、四国霊場の最も代表的な札所である。

1番 霊山寺、2番 極楽寺、3番 金泉寺、4番 大日寺、5番 地蔵寺、6番 安楽寺、7番 十楽寺、8番 熊谷寺、9番 法輪寺、10番 切幡寺、11番 藤井寺、12番 焼山寺、13番 大日寺、14番 常楽寺、15番 国分寺、16番 観音寺、17番 井戸寺、18番 恩山寺、19番 立江寺、20番 鶴林寺、21番 太龍寺、22番 平等寺、23番 薬王寺、24番 最御崎寺、25番 津照寺、26番 金剛頂寺、27番 神峯寺、28番 大日寺、29番 国分寺、30番 善楽寺、31番 竹林寺、32番 禅師峰寺、33番 雪蹊寺、34番 種間寺、35番 清滝寺、36番 青龍寺、37番 岩本寺、38番 金剛福寺、39番 延光寺、40番 観自在寺、41番 龍光寺、42番 仏木寺、43番 明石寺、44番 大寶寺、45番 岩屋寺、46番 浄瑠璃寺、47番 八坂寺、48番 西林寺、49番 浄土寺、50番 繁多寺、51番 石手寺、52番 太山寺、53番 円明寺、54番 延命寺、55番 南光坊、56番 泰山寺、57番 栄福寺、58番 仙遊寺、59番 国分寺、60番 横峰寺、61番 香園寺、62番 宝寿寺、63番 吉祥寺、64番 前神寺、65番 三角寺、66番 雲辺寺、67番 大興寺、68番 神恵院、69番 観音寺、70番 本山寺、71番 弥谷寺、72番 曼荼羅寺、73番 出釈迦寺、74番 甲山寺、75番 善通寺、76番 金倉寺、77番 道隆寺、78番 郷照寺、79番 天皇寺、80番 国分寺、81番 白峯寺、82番 根香寺、83番 一宮寺、84番 屋島寺、85番 八栗寺、86番 志度寺、87番 長尾寺、88番 大窪寺

 

 空海(くうかい)弘法大師(こうぼうだいし)

平安時代の僧。真言宗の開祖。最澄と並ぶ平安仏教の確立者。15歳で母方の伯父阿刀大足(あとのおおたる)について京都へ遊学。延暦23年(804年)入唐し翌々年帰朝。高野山に金剛峰寺を建立し東寺(教王護国寺)を真言道場とした。

 

 大日如来(だいにちにょらい)

真言密教の教主。諸仏、諸菩薩の根元をなす理智体で宇宙の実相を仏格化した根本仏とされる。智徳の表現が金剛界大日、理徳の表現が胎蔵界大日とされ、天台宗では大日如来釈迦如来は法身、応身で同体とし、真言宗では釈迦如来は顕教の教主とみて異体とする。

 

 観音菩薩(かんのんぼさつ)観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)

世の人々の音声を観じてその苦悩から救済する菩薩。人々の姿に応じて大慈悲を行ずるところから千変万化の相となるといいその姿は六観音・三十三観音などに表される。勢至菩薩とともに阿弥陀仏の脇侍となる。化仏のついた宝冠をかぶり、天衣、裙(くん)を着け、瓔珞、鐶釧(かんせん)で身を飾り蓮華を手にして蓮華座の上に立像または坐像の姿で表現される。

 

 空海(くうかい)弘法大師(こうぼうだいし)

平安時代の僧。真言宗の開祖。最澄と並ぶ平安仏教の確立者。15歳で母方の伯父阿刀大足(あとのおおたる)について京都へ遊学。延暦23年(804年)入唐し翌々年帰朝。高野山に金剛峰寺を建立し東寺(教王護国寺)を真言道場とした。

 

 用明天皇(ようめいてんのう)・橘豊日尊(たちばなのとよひのみこと)

第31代天皇(在位:585年9月5日~587年4月9日)欽明天皇第四皇子。聖徳太子の父。天皇の仏教受容をめぐって物部守屋と蘇我馬子が対立した。陵墓は大阪府南河内郡太子町春日の河内磯長原陵。

 

 推古天皇(すいこてんのう)・額田部(ぬかたべ)・豊御食炊屋姫(とよみけかしきやひめ)

第33代天皇(在位:593年12月8日~628年3月7日)欽明天皇第3皇女。敏達天皇の皇后。女帝。崇峻天皇が蘇我馬子に殺されると推されて即位。わが国最初の女帝となる。聖徳太子を皇太子、摂政として政治を行い飛鳥文化を現出。陵墓は大阪府南河内郡太子町山田の磯長山田陵。

 

 大日如来(だいにちにょらい)

真言密教の教主。諸仏、諸菩薩の根元をなす理智体で宇宙の実相を仏格化した根本仏とされる。智徳の表現が金剛界大日、理徳の表現が胎蔵界大日とされ、天台宗では大日如来釈迦如来は法身、応身で同体とし、真言宗では釈迦如来は顕教の教主とみて異体とする。

 

 釈迦(しゃか)釈迦如来(しゃかにょらい)

仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。

はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。

 

 釈迦(しゃか)釈迦如来(しゃかにょらい)

仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。

はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。

 

 空海(くうかい)弘法大師(こうぼうだいし)

平安時代の僧。真言宗の開祖。最澄と並ぶ平安仏教の確立者。15歳で母方の伯父阿刀大足(あとのおおたる)について京都へ遊学。延暦23年(804年)入唐し翌々年帰朝。高野山に金剛峰寺を建立し東寺(教王護国寺)を真言道場とした。

 

 真言宗(しんごんしゅう)

弘法大師空海(774~835)が唐で学んだ密教を教義に平安初期に開いた。大日如来を教主とし、身口意(しんくい)三密の加持力で即身成仏(じょうぶつ)させるのを本旨とする。

 

 最澄(さいちょう)・伝教大師

平安初期の僧。767~822年。天台宗の開祖。比叡山に入り根本中堂を建立。延暦23年(804年)空海とともに入唐し翌年帰国した。

 

 大日如来(だいにちにょらい)

真言密教の教主。諸仏、諸菩薩の根元をなす理智体で宇宙の実相を仏格化した根本仏とされる。智徳の表現が金剛界大日、理徳の表現が胎蔵界大日とされ、天台宗では大日如来釈迦如来は法身、応身で同体とし、真言宗では釈迦如来は顕教の教主とみて異体とする。

 

 釈迦(しゃか)釈迦如来(しゃかにょらい)

仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。

はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。

 

 釈迦(しゃか)釈迦如来(しゃかにょらい)

仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。

はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。

 

 六観音(ろくかんのん)

六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。

 

 勢至菩薩(せいしぼさつ)

知恵の光で生あるものすべてをすくうという菩薩。阿弥陀三尊のひとつ。観世音菩薩とともに阿弥陀如来の脇侍となる。姿は観世音菩薩とほとんどおなじで冠に宝瓶をのせている。

 

 阿弥陀如来(あみだにょらい)

大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で生あるものすべてをすくう仏様。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんになり、浄土宗、浄土真宗、時宗などの浄土教宗派が成立した。

阿弥陀如来像は質素な形で如来の通相と呼ばれる姿をしています。小指を除く三指と親指で輪にした九品来迎印(くぼんらいごういん)を結んでいるのが特徴です。

 

 真言宗(しんごんしゅう)

弘法大師空海(774~835)が唐で学んだ密教を教義に平安初期に開いた。大日如来を教主とし、身口意(しんくい)三密の加持力で即身成仏(じょうぶつ)させるのを本旨とする。

 

 最澄(さいちょう)・伝教大師

平安初期の僧。767~822年。天台宗の開祖。比叡山に入り根本中堂を建立。延暦23年(804年)空海とともに入唐し翌年帰国した。

 

77番道隆寺 11.10.2576番金倉寺 11.10.2575番善通寺 11.10.2574番甲山寺 11.10.2573番出釈迦寺 11.10.2572番曼荼羅寺 11.10.2571番弥谷寺 11.10.2570番本山寺 11.10.2469番観音寺 11.10.2468番神恵院 11.10.2467番大興寺 11.10.2466番雲辺寺 11.10.2465番三角寺 11.10.2460番横峰寺 11.10.2464番前神寺 11.10.2363番吉祥寺 11.10.2362番宝寿寺 11.10.2359番国分寺 11.10.2358番仙遊寺 11.10.2357番栄福寺 11.10.2356番泰山寺 11.10.2355番南光坊 11.10.2354番延命寺 11.10.2345番岩屋寺 11.10.2244番大寶寺 11.10.2246番浄瑠璃寺 11.10.2247番八坂寺 11.10.22番外文殊院 11.10.2248番西林寺 11.10.2249番浄土寺 11.10.2250番繁多寺 11.10.2251番石手寺 11.10.2253番圓明寺 11.10.2152番太山寺 11.10.2143番明石寺 11.10.2142番佛木寺 11.10.2141番龍光寺 11.10.2140番観自在寺 11.10.2039番延光寺 11.10.2038番金剛福寺 11.10.2037番岩本寺 11.10.2036番青龍寺 11.5.2835番清瀧寺 11.5.2834番種間寺 11.5.2733番雪蹊寺 11.5.2732番禅師峰寺 11.5.2731番竹林寺 11.5.2730番善楽寺 11.5.2729番国分寺 11.5.2728番大日寺 11.5.2727番神峯寺 11.5.2626番金剛頂寺 11.5.2625番津照寺 11.5.2624番最御崎寺 11.5.2623番薬王寺 11.5.2622番平等寺 11.5.2621番太龍寺 11.5.2420番鶴林寺 11.5.2419番立江寺 11.5.2418番恩山寺 11.5.2417番井戸寺 11.5.2416番観音寺 11.5.2415番国分寺 11.5.2414番常楽寺 11.5.2413番大日寺 11.5.2412番焼山寺 11.5.2311番藤井寺 11.5.2310番切幡寺 11.5.239番法輪寺 11.5.238番熊谷寺 11.5.237番十楽寺 11.5.236番安楽寺 11.5.225番地蔵寺 11.5.224番大日寺 11.5.223番金泉寺 11.5.222番極楽寺 11.5.221番霊山寺 11.5.22
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