曽我丘陵~咲き始めた梅の花~ 
下曽我駅10:02~下曽我梅園10:18~宗我神社10:47~六本松跡11:45~240m分岐(昼食)12:05~曽我山12:47/51~浅間山13:21/27~おおいゆめの里14:01/13~野菜販売所~上大井駅15:06
今年の春の便りは早く訪れているようで梅の花も1、2週間ほど早く咲き始めているようです。たどり着いたのは御殿場線の下曽我駅、ここは曽我物語の舞台で曽我五郎、十郎が育ったところ、母、満江御前の墓が法蓮寺に残っています。
2月になると梅まつりが開かれるようですが休日と言うのに人影は多くありません。それでも下曽我梅園には咲き始めた白梅、黄色いロウバイが甘い匂いを漂わせていました。
少し回り道でしたが東光院や宗我神社に立ち寄ったのち六本松峠を目指すことにします。梅まつりの時期には宗我神社で流鏑馬が行われると言います。
曽我の集落の中は今がみかんの季節、みかん箱を積んだトラックが民家の前に停まっています。みかんの産地ということもあり数箱単位でミカン買う人も多いのでしょう。
耕作地の中に続く舗装道路を登って行きます。ジグザグを繰り返しながら高度を上げると目の前に小田原の町並み、青空の下には明神ヶ岳や金時山など箱根の山々のパノラマが広がっています。しばらく雪が降っていないようで富士山は5合目付近から上に白い雪が積もっていました。
舗装道路に沿って広がるみかん畑は今が収穫の真っ最中、道端には取り損なったみかんが転がっていました。
稜線が近づくにつれ緩やかになった舗装道路は六本松跡にたどり着きました。古代の相模国は師長(しなが)と相武(さがむ)に分かれていたと言います。
現地の案内板によると曽我原、曽我谷津などがある千代台地は師長国の国府で六本松周辺は交通の要衝として多くの旅人が通るところであったと言います。
六本松跡からも耕作地の中を緩やかに登って行きます。黄色いみかんのほか湘南ゴールド、少し大きめのみかんは八朔でしょうか。
しばらく登った分岐は曽我祐信宝篋印塔へ下って行く道を分けるところです。この道端に腰を下ろしてお昼ご飯にしました。
ここからは杉林の中に続く細い車道歩きです。不動山の頂は巻き道をたどることにしました。
小さく下ると車道が通る分岐、曽我谷津と古怒田を結ぶ道です。かつて曽我丘陵を歩いたときはここから宗我神社に下った記憶が残っています。
ここから小さく登ると電波塔が建つ浅間山です。道端の木に浅間山の山頂標識が付いていましたが見落としそうな山頂です。
ここからは車が通れそうな道が続いています。上大井側から縦走してくる人も、気軽なハイキングコースということもあり単独行の初老のハイカー、スマホを片手に歩く若い女の子もいました。
やがて右手の視界が開けると青空の下に大山から塔ノ岳、鍋割山、檜洞丸など丹沢の稜線、数日前に山火事があった大倉尾根も見付けることができます。
更に明るい車道を緩やかに下って行くとおおいゆめの里です。新しく作られた舗装道路の先に造られた小さな池はラ・レイエス湘南のサーフィンウェイブプール、サーフィンの練習ができるところと言います。波を作り出す造波板が大きな音を立てていました。
おおいゆめの里には木漏れ日のもりや花木園などが広がるところです。しかしこの時期訪れる人はあまり多くないようです。農村公園の展望台に立つと目の前に箱根の山々、その先には大きな富士山が霞んでいました。
花木園は気の早い河津桜が花を付けています。紅梅も真っ赤な花を付けていました。ここからは車道歩き、途中にはエバラ食品の研究所、このような山の中に研究所があるのは意外な気もしました。
たどり着いた上大井駅はひょうたんの駅、日除けとして駅のホームにひょうたんが植えられていると言いますがこの時期気が付きませんでした。
国府津行の電車は30分ほどの待ち合わせ、ローカル駅ということであまり便利が良くないようです。また御殿場線はJR東海の区域、JR東日本とはSuicaの乗り継ぎが難しい区間です。クレジットカードの利用などで便利になったようでもまだまだ交通機関のネットワークは難しいところもあるようでした。
曽我梅園の梅まつりは2月、それでも梅園の白梅は3分咲きです。梅園に中にはロウバイの甘い匂いが漂っていました。
おおいゆめの里は梅や桜などが咲くところです。明るい日差しを浴び紅梅や白梅、気の早い河津桜も咲き始めていました。