美ヶ原は尾崎喜八の「美ヶ原熔岩台地」の詩で広く知られた明るい高原です。霧ヶ峰から続くビーナスラインが山本小屋まで続いているため、高原の中ほどに建つ美しの塔を中心として多くの観光客が多く訪れるところです。また北アルプスの山々や八ヶ岳を望む好展望台としても知られています。王ヶ頭の岩の上に立つと、晴れた日には穂高岳や槍ヶ岳をはじめとする北アルプスのパノラマが広がっていると言います。
登りついて不意にひらけた眼前の風景に
しばし世界の天井が抜けたかと思う。
やがて一歩を踏み込んで岩にまたがりながら、
この高さにおけるこの広がりの把握になおもくるしむ。
無制限な、おおどかな、荒っぽくて、新鮮な、
この風景の情緒はただ身にしみるように本原的で、
尋常の尺度にはまるで桁が外れている。
(尾崎喜八 美ヶ原熔岩台地)
最高点である王ヶ頭への登山道は北から1本、南から3本開かれていますが、そのうち3本が三城牧場から始まっています。今回は三城牧場から百曲りの急坂を登って山頂に向かい、王ヶ頭から三城牧場に下るコースをたどってみました。
三城牧場近くの駐車場に車を停め、オートキャンプ場の中の道を登り始めることにします。 よく整備された道は、春の花に彩られた雑木林の中を緩やかに登って行きます。しばらく登ると百曲がりの分岐点。茶臼山に向かって登って行く道を右に分けると、東屋の立つ広場から百曲がりの急な坂道が始まります。明るい雑木林の中をジグザグに登って行く急な坂道に汗を流すと、徐々に視界が開けてきます。しかし生憎のうす曇で、展望はあまり期待できません。右手には茶臼山の木々に覆われた山肌、その中に陣ヶ坂の登山道がジグザグに登っていました。
幾度かジグザグを繰り返しながら高度を上げて行くと山頂直下のガレ場です。滑りやすい急な坂道に息を切らせると、牧柵がめぐらされた美ヶ原の一角にたどり着きました。曇っているためか、尾崎喜八の詩のような、「世界の天井が抜けた・・」という感動は得ることは出来ませんが、何処までも広く開けた広大な草原が目の前に広がっています。遊歩道に沿って伸びる牧柵の中には静かに草を食む牛が放牧されていました。
牧柵に沿ってしばらく歩くと尾崎喜八の歌碑が刻まれた美しの塔です。この塔は10年以上も昔、霧ヶ峰からスカイラインをドライブした途中、山本小屋から散策したことのあるところです。山本小屋からは初老の観光客やスニーカーを履いた家族連れがやってきました。
たどり着いた山本小屋は土産物やレストランが開いています。さっそくこの牧場で造ったという牛乳とアイスクリームをGet。山頂に観光施設があるのはあまり好きにはなれないものですが、山頂でのアイスクリームはまた格別です。
山本小屋からは王ヶ頭に向かうことにします。途中の塩くれ場では牛に塩を与えていました。大きな石の上に塩を置いておくと牛が集まってきて舐めています。中には大きな体をぶつけ合い喧嘩している牛もいました。
塩くれ場から道を右に、広い車道のような道を緩やかに歩いて行きます。やがて緩やかな坂道を登ると、たくさんのアンテナが林立する王ヶ頭の山頂です。目指す三角点は王ヶ頭ホテルの裏手にありました。小さな岩の上の山頂に立つと眼下には三城の集落。左手には荒々しい岩壁が切れ落ちています。折からの曇り空で、視界はあまり期待できません。目の前の茶臼山さえも靄の中に霞んでいました。
王ヶ頭で昼食の後、王ヶ鼻に向かうことにします。広い車道をしばらく進むと右手に大きなアンテナが立っています。ここで道を左に、しばらく進むと小さな岩の上に立つ王ヶ鼻です。張り巡らされた注連縄の中には、古びた石像や石碑が立っていました。この石仏は御嶽信仰に由来する石仏とか。この山頂は古くからの信仰の中に生きているようです。
王ヶ鼻で小休止の後、王ヶ頭から三城に下ることにします。急な斜面をジグザグ下って行く道は、かなり急な坂道です。振り返ると王ヶ頭の急な岩壁が覆い被さるようにそびえていました。急な坂道を下って行くと、やがて登山道は石切り場に続く林道にたどり着きます。ここから林道をしばらく下って行くと車を停めた駐車場です。振り返ると薄雲の中に霞んだ王ヶ頭がそびえていました。
三城牧場の周辺は春の花の真っ盛りです。明るい雑木林の中にはお馴染みのタチツボスミレのほか、ラショウモンガズラ、ミヤマエンレイソウ、ミヤマツボスミレが咲いています。この草原に咲くタンポポはエゾタンポポ。関東周辺に咲くカントウタンポポに比べ総包の外片に突起がないのが特徴と言います。