小石川七福神 
歩行時間:行動時間 3:29、歩行時間 3:00
歩行距離:7.1km
累積標高差:+54m、-35m
往路:総武線・水道橋駅、復路:地下鉄丸ノ内線・茗荷谷駅
訪問日:2026年1月3日
水道橋駅10:56~東京ドーム・福禄寿11:50~源覚寺12:28~月参堂善光寺~沢蔵司稲荷~傳通院12:55~福聚院13:01~宝蔵院13:08~真珠院13:10~極楽水13:40~善仁寺13:44~宗慶寺13:47~徳雲寺14:02~宗四郎稲荷大明神~深光寺14:11/16~林泉寺~茗荷谷駅14:25
今年の七福神歩きは日本橋七福神の予定でした。
東京駅から日本橋を越え小網神社へ、近くの交差点には七福神の御朱印を待つ長い行列ができていました。参拝に向かう行列は近くの小学校の校庭からということでしたがこちらも100人ほどの行列ができていました。
| ●福禄寿・東京ドーム、文京区後楽1丁目3 |
| ●毘沙門天・源覚寺、文京区小石川2丁目23-14 |
| ●大黒天・福聚院、文京区小石川3丁目2-23 |
| ●布袋尊・真珠院、文京区小石川3丁目7-4 |
| ●寿老人・宗慶寺、文京区小石川4丁目15-17 |
| ●弁財天・極楽水、文京区小石川4丁目16 |
| ●弁財天・徳雲寺、文京区小日向4丁目4-1 |
| ●恵比寿天・深光寺、文京区小日向4丁目9-5 |
仕方なく地下鉄と総武線を乗り継ぎ小石川七福神に向かうことにします。
かつて仕事で利用していた路線ですが電車や駅の出入り口など大きく変わっていました。
小石川七福神の歩き始めは東京ドームがある水道橋駅です。昨日通り過ぎて行った気圧の谷が東京に初雪をもたらしたようで、道端の植え込みには僅かに雪が残っていました。
福禄寿・東京ドーム後楽園遊園地は家族連れや海外のお客さんなどたくさんの人で賑わっています。バイキングボートやジェットコースターからは女の子の嬌声が聞こえていました。
道を迷いながらたどり着いた福禄寿は東京ドームの近くです。赤い奉納幟が数本立っていましたがなかなか判り難いところでした。
毘沙門天・源覚寺東京メトロの後楽園駅から道を北へ、春日通りを越えるとこんにゃく閻魔と呼ばれる源泉寺です。ここには七福神の毘沙門天が祀られています。
赤く塗られた本堂の前には奉納されたこんにゃくが積み重ねられています。右目が濁った閻魔像の姿と眼病平癒の霊験で知られていると言います。
参拝ののち左手の善光寺坂へと登って行きます。日の光が少ない都会の坂道には薄く雪が残り気温もかなり低くなっているようです。
途中には月参堂小石川善光寺や澤蔵司稲荷が祀られています。澤蔵司稲荷の境内には江戸町火消し「な組」の石柱がありました。珍しいのか外国のお客さんが一眼レフのレンズを向けていました。
しばらく登ると徳川家康の生母、於大の方の菩提寺である傳通院です。増上寺や寛永寺と並び江戸の三霊山と称された大きなお寺です。
大黒天・福聚院傳通院の近くに七福神の大国天を祀る福聚院がありました。ここは傳通院の塔頭の一つです。
境内には子守大国天と赤いトウガラシ首に巻いた「せきごめ地蔵」が祀られていました。
布袋尊・真珠院狭い住宅地の坂道を下ると七福神の布袋尊を祀る真珠院です。コンクリート造りの比較的新しいお寺です。
本堂の脇をくぐると大きな墓地、その奥には布袋尊の石像が祀られていました。
弁財天・極楽水極楽水は小石川パークタワーの敷地内にある小さなお堂です。道案内もありますが判り難いところで七福神の色紙を持ちながら近くを歩く人も目立つところでした。
極楽水の向かいには善仁寺があります。傳通院よりも古い鎌倉時代からの歴史を伝える浄土真宗のお寺です。
寿老人・宗慶寺吹上坂を僅かに下ると七福神の寿老人を祀る宗慶寺です。比較的新しいコンクリート造りのお寺で本堂わきには七福神の色紙に押すスタンプがありました。
ここには徳川家康の側室、茶阿局の墓があると言います。案内板はありましたが宝篋印塔は見落としてしまいました。
弁財天・徳雲寺播磨坂の桜並木を登ると春日通り、車の流れの多い通りをわずかに下ると七福神の弁財天を祀る徳院寺です。
境内の小さなお堂にはとぐろを巻いたへび、白蛇は弁財天の神使と扱われて日本の宇賀神信仰と結び付いたと言います。
恵比寿天・深光寺春日通りからは藤坂を下って行きます。かつてここからは富士山が見え富士坂とも呼ばれたと言います。地下鉄日比谷線のガードをくぐると左手に目立たない宗四郎稲荷大明神があります。
緩やかに茗荷坂登って行くと七福神の恵比寿を祀る深光寺です。本堂の傍には南総里見八犬伝の作者、滝沢馬琴の墓がありました。
さらに茗荷谷を登ると林泉寺があります。都会ではありがちな駐車場の上のコンクリート造りのお寺です。ここには荒縄で縛られた「じばられ地蔵」が祀られていました。案内板によると江戸時代の地誌・江戸砂子に登場する名所とか。現在のタウン誌のようなものなのでしょう。
茗荷坂を上ると駅裏の飲食店街、夜になるとネオンや提灯で賑やかなのでしょうが今は人通りも多くありません。茗荷谷駅から丸の内線、新副都心線を乗り継ぎ戻ることにしました。