尾瀬ヶ原を挟んで東西に対峙する燧ケ岳と至仏山は、深田久弥氏の日本百名山にひとつに数えられた秀峰です。日本百名山の中にも紹介されているように、ピラミダルな威厳のある燧ケ岳を厳父に例えるならば、至仏山のなだやかなその姿は慈母に例えることができるでしょう。もう10年以上も昔のことですが、子供達を連れて尾瀬を訪ねたことがあります。夜行のツアーバスに乗り大清水に。ここから尾瀬沼をたどり尾瀬ヶ原で一泊。翌日、尾瀬ヶ原から鳩待峠に戻りました。今でも尾瀬ヶ原から眺めた、なだらかな至仏山の姿が記憶の中に残っています。
ここ尾瀬では鳩待峠から大清水へのマイカー転送を行っています。これを利用すると車を利用しても尾瀬ヶ原から尾瀬沼への縦走ができます。なかなか便利なものです。物見小屋という土産物屋でマイカー転送の手続きを済ませ、狭い山道を鳩待峠へ登っていきます。マイカーの乗り入れ規制のためか、行き交う車も少ない山道をしばらく登ると鳩待峠です。
広い鳩待山荘の駐車場に車を停め、一泊の荷物で膨らんだリュックを背負い至仏山の登山口へ。山小屋に泊まると言っても荷物は多くなるものです。登山口からは明るいブナの林の中を緩やかに登って行きます。明るい尾根の先には、これから登る小至仏山と至仏山が見えていました。視界が開けてきた尾根道の途中で朝食です。
朝食の後、ふたたび稜線上の登山道を緩やかに登って行きます。やはり一昨日の唐松岳の疲れが残っているためか体調は今一つ。緩やかに稜線を登ると広く視界が開けた草原にたどり着きます。曇り空の下、たくさんの池糖が点在する尾瀬ヶ原、その向こうには燧ケ岳が霞んでいます。今年は雪解けが早かったためか、山の花々も早く咲き始めたと言います。何時もなら8月の上旬まで咲いているニッコウキスゲも、今年は一輪も目にすることができないようです。
ふたたび稜線上の緩やかな登山道に汗を流すことにします。シラビソの樹林帯を登って行くと小山沢田代です。稜線上に広がる湿原といったところで、イワショウブやオヤマノリンドウなどが咲いています。湿原の側に建つ展望台で小休止です。
小休止の後、ハイマツの目立ち始めた岩稜地帯を登って行くと小至仏山の山頂にたどり着きました。狭い山頂には数人のハイカーが休息をしていました。
山頂から一度鞍部に下り、砂礫混じりの登山道を登り返して行きます。やがて道は山頂直下の岩稜地帯を登って行きます。左手が切れ落ちた岩場を登ると至仏山の山頂です。小広い山頂には数組のパーティが昼食の最中です。我々もコッヘルを出し昼食としました。曇っているものの目の前には尾瀬ヶ原が広がり、その向こうには燧ケ岳が霞んでいます。降り返ると奥利根湖、その向こうの稜線は谷川岳のようですが雲に霞んではっきりとは見えません。
昼食の後、尾瀬ヶ原を目指し急な斜面を下って行くこととします。この登山道は最近まで植物の保護などのため積雪期以外は通行できなかったようです。山頂から木道や階段をしばらく下って行くと、高天ヶ原といわれる台地。この付近から登山道は急な岩稜地帯を下って行く道になります。至仏山の岩は蛇紋岩といわれる岩で、雨に濡れると特に滑りやすい岩です。植物の生育にも適していないことから、至仏山の森林限界は燧ケ岳に比べ、かなり低くなっています。このことが、この山を高山植物の宝庫にした理由のひとつとも言います。
急な下りに足も疲れ始めるころ、ようやく登山道はシラビソの林の中に入って行きます。ここから尾瀬ヶ原までは僅かの下りです。
たどり着いた尾瀬ヶ原にはもう秋のけはいが漂い始めています。湿原を彩る草花は、タチギボウシやイワショウブ、それに尾瀬を代表する花のひとつサワギキョウ。湿原を紫に染めるこの花は、もう秋が目の前までやってきていることを教えています。降り返ると今下ってきた至仏山が湿原の先にそびえていました。
ここからは湿原に中に続く木道を、見晴し十字路を目指して進んで行きます。小さな池糖にはヒツジグサが白い花を付けています。目の前にそびえる燧ケ岳は、山頂を雲に隠しているものの、その大きな姿を静かな池糖に映していました。山ノ鼻からここまで凡そ1時間半。たどり着いた見晴し十字路の山小屋で小休止です。
この十字路に立つと、尾瀬は自然の真っ只中というには、あまりにも都会化が進み過ぎています。旅館の店先では冷たいジュースやアイスクリーム、公衆電話もあります。昔はボッカで荷物上げをしていたようですが、今はヘリコプターとか。便利になったことがありがたいことですが、自然に中に都会を持ちこむのは考えものかもしれません。
ここからは尾瀬沼を目指し緩やかに木道を登って行きます。沼尻川に沿って緩やかに登って行く道は、所々に泥濘などもあり、鳩待峠に比べ木道の整備も行き届いていないようです。長い夏の日もそろそろ暮れかけ、あたりを夕闇が漂い始めるころ、白砂峠にたどり着きました。道端に腰を下ろして小休止です。
小休止の後、再び尾瀬沼を目指して歩き始ます。暫らくすると小さな白砂湿原。さらに木道を進むと広く開けた沼尻です。すでに夕闇が迫りはじめた尾瀬沼は、ひっそりと眠りに付こうとしているようです。沼尻湿原を通り抜け、尾瀬沼の湖畔を暫らく進むと浅湖湿原。沼山峠へと向かう道を左に分けると、ようやく尾瀬沼ヒュッテです。時計はすでに7時を回っています。たどり着いたのは我々が最後だったようで、食堂には2人分の食事が用意してありました。