天狗岳は八ヶ岳連峰を南北に分ける夏沢峠の北側に位置し、北八ヶ岳の領域に位置しながら南八ヶ岳的な岩場と、北八ヶ岳特有の湖沼、シラビソの原生林などの美しさを合わせ持つ変化に富んだ山です。東天狗岳は赤い山肌を剥き出しにした岩峰で別名赤天狗と呼ばれています。これに対し西天狗は頂上までハイマツがある女性的な山で青天狗と呼ばれています。また山麓に広がる天狗ノ奥庭は熔岩流の末端に形成された台地で、たくさんの高山植物を楽しむことができるところです。
新宿駅からの夜行列車は、相変わらず甲府や八ヶ岳方面の登山客を乗せほぼ満席に近い状態です。たどり着いた茅野駅からは始発の渋ノ湯行きのバスに乗り、まだ人気も少ない渋ノ湯ホテル前に到着しました。
バス停から渋川を渡ると暗い針葉樹の林の中をたどる急な登りとなります。天気は雲一つ無い快晴。放射冷却現象のためか非常に寒い朝です。登山道の水溜まりには薄氷が張り霜柱も厚く立っていました。しばらく登ると林の木々もダケカンバなどの広葉樹が多くなり、傾斜も比較的緩くなってきます。先日の寒波でこの付近にも雪が降ったのでしょうか、木々の葉は茶色に枯れ始め紅葉も今一つの感じがします。振り返ると木の間隠れに穂高岳や槍ヶ岳など雪を被った北アルプスの稜線が白く輝いています。やがて唐沢温泉からの道を合わせると登山道は暗い針葉樹の林の中を登ることになります。大きな岩がゴロゴロした登山道には、所々に木の桟道が掛けてあります。あえぎながら登り詰めたところが黒百合平。広い草原に黒百合ヒュッテが建っていました。
黒百合平からは溶岩台地の急斜面を、スリバチ池へと登り始めます。標高もすでに2,400m。森林限界を越えたようで、大きな溶岩がゴロゴロする登山道にはハイマツ、ガンコウラン、シャクナゲなどの高山植物が生い茂っています。たどり着いた台地の上には爆裂火口の跡でしょうか、スリバチ池が大きな口を開けていました。
山上の庭園を思わせるこの付近一帯は天狗ノ奥庭と言われているところです。ここからは広い展望を楽しむことができます。正面に双耳峰の東天狗岳と西天狗岳、右手には車山高原を挟み乗鞍岳、焼岳などの北アルプスの稜線、振り返ると中山の丸い山頂に北八ヶ岳特有の縞枯れ模様が眺められます。
東天狗岳へは溶岩のゴツゴツした急な登りが始まります。足もとには諏訪の盆地が広がり、その中に青く霞んだ諏訪湖。その背後には真っ青に晴れ渡った秋の空に北アルプスの稜線が連なっています。振り返ると三角形の蓼科山、霞んだ上田盆地の上には山頂だけを出した浅間山がそびえていました。
中山峠からの登ってくる道を合わせると山頂直下の岩場です。左手は真っ直ぐに100mほども切れ落ちています。たどり着いた頂は標高2,640m。天狗岳の三角点は隣の西天狗岳にあると言います。八ヶ岳連峰の中央に位置するだけあり山頂からは素晴らしい展望を楽しむことができます。正面には硫黄岳の爆裂火口が切り立った岩壁に雪化粧をし、その向こうには八ヶ岳の主峰赤岳と阿弥陀岳の岩峰が手に取るようにそびえています。遥か青く霞んでいるのは南アルプスの山々。振り返ると中山峠、稲子岳の切り立った岩壁、その下にはこれから下るミドリ池が樹海の中に青く輝いていました。
山頂での絶景をたんのうした後、中山峠に向かい稜線を下って行きます。たどり着いたスリバチ池の見渡せる道端で遅い昼食です。
昼食の後、ひとまず中山峠へ。峠からは道を右手に取り林の中を急降下して行きます。やがて稲子岳の切り立った南壁が見えてくると、ようやく下り坂も緩やかとなってきました。本沢温泉からの道を合わせると小さなミドリ池です。池のほとりに建つシラビソ小屋のおじさんはかなりの話好き。「今年の紅葉は先日の雪でもう終わりになってしまった。今度はぜひ、一泊で御来光を眺めにきたほうが良い・・・」と言ってくれました。ここから振り返る天狗岳は、鋭く切れ落ちた岩峰が荒々しく、スリバチ池からの眺めた山とまるで違った印象です。
ミドリ池からは軌道跡に添った緩やかな登山道を下って行きます。ここから稲子湯までは凡そ1時間20分、稲子湯発の最終バスは16時と言います。途中何度か林道を横切ると稲子湯のバス停にたどり着きました。