紫陽山見桃寺(けんとうじ) 
寺社の種類:臨済宗妙心寺派の寺院
山号:紫陽山
創建の時期:寛永5年(1628年)、向井政綱、玄虎(開山)
本尊:聖観世音菩薩
札所:三浦七福神・布袋尊、三浦三十三観音霊場第2番
所在地:神奈川県三浦市白石町19-2
訪問日:2022年1月3日
源頼朝の花の三御所の一つ桃の御所のあとに祀られたお寺です。花の三御所は椿の大椿寺(だいちんじ)、桜の本瑞寺と桃の見桃寺(けんとうじ)です。吾妻鏡にも書かれ三崎御所とも呼ばれていました。
見桃寺はコンクリート造りのお寺です。本堂には大きな腹を抱えた布袋さまの絵が掲げられていました。
寂しさに秋成が書読みさして 庭に出でたり白菊の花
見桃寺冬さりくればあかあかと 日にけに寂し夕焼けにつつ
白秋は大正二年十月、向ヶ崎異人館からここ二町谷見桃寺の一室を借り、妻と二人だけのわび住まいを始めました。
この「秋成が書読みさして」の歌は、晩秋のある保下がり、白秋は上田秋成の雨月物語「菊花の約」のくだりを読みふけっていたということで、このことは、白秋碑の第一号として昭和十六年十一月二日、この歌碑の除幕式に出席した白秋が初めて明らかにしました。そして、翌十七年の同じ日に白秋はこの世を去ったのです。
三浦一族歴史めぐり
桃の御所
建久の昔(一一九〇年代)、時の将軍源頼朝は風光のすぐれた三浦の地に三つの御所を設けました。桜、桃、椿の御所がそれで、ここ見桃寺は 「桃の御所」のあった所で、鎌倉将軍がしばしば来遊したと言われています。
また、この寺の草地には江戸初期、お船奉行として東京湾の守備にあたった向井将監一族の墓碑があります。
三浦七福神 『桃林布袋尊」
紫陽山見桃寺の開基は慶長十八年(一六一三年)三崎船奉行の向井兵庫頭政綱が、駿河の国、興津の清見寺の僧、白室玄虎和尚を迎えて開山としたと伝えられています。
桃林布袋尊は、当寺七代の住職桃林和尚の信仰したもので、大きな袋を背負った肥満鼓腹の温顔は、古くから近郷近在の人々に親しまれ、かつ敬われてきました。そして、不老長存、無病息災の守護神とされています。
三浦市
関連記録・コース三浦市内に点在する五つの寺院と二つの神社を順拝する全長26Kmの七福神めぐりです。昭和40年(1965)に三浦市観光課と共同で創立されました。
1番福禄寿・妙音寺、2番恵比寿・円福寺、3番毘沙門天・慈雲寺、4番弁財天・海南神社、5番布袋尊・見桃寺、6寿老人・白髭神社、7番大黒天・延寿寺
六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。