寶生寺 
寺社の種類:高野山真言宗の寺院
山号:青龍山、院号:宝金剛院
創建の時期:承安元年(1171年)、開創:法印覺清
本尊:大日如来
札所:東国八十八ヵ所霊場53番、横浜觀音三十三観世音霊場31番、横浜弘法大師二十一箇所21番、横浜磯子七福神の寿老人
所在地:神奈川県横浜市南区堀ノ内町1-68
訪問日:2018年1月11日
横須賀街道近くの住宅地の中にある高野山真言宗のお寺です。本尊は慶長6年(1601年)に覚園寺塔頭から移された大日如来です。多数の古文書や仏画を所蔵しており、横浜の地名が出てくる最も古い文書が残されていると言います。
境内には宝塔や宝篋印塔、関東大震災の韓国人慰霊碑などがあります。横浜市の有形文化財に指定されている本堂は延宝8年(1680年)に灌頂堂(かんじょうどう)として建てられたものと言います。
案内板には有形文化財に指定されている印信集が紹介されています。印信は密教で師僧が秘法を伝授した証拠として弟子に授与する書状で、南関東における東密の動向を示すものとして重要と言います。
昭和五十五年二月十五日指定
宝生寺・弘誓院の寺林は、タブノキ、スダジイ、シラカシなど神奈川県の主要な常緑樹によるまとまった林相が維持されている。
ここでは三つのタイプの常緑広葉樹林が見られる。
台地から尾根にかけてのスダジイ林(ヤブコウジースダジイ群集)、谷状地のタブノキ林(イノデータブ群集)、それにクスノキ、シラカシなどの植栽樹を中心とした樹林である。いずれも高木層にスダジイ、タブノキ、シラカシ、ケヤキ、クスノキが高さ二十メートル以上の樹冠を形成し、低木層にはアオキ、ヤブツバキ、ネズミモチ、イヌビワ、シロダモ、モチノキ、ヒサカキなど、草本層もベニシダ、イタチシダ、ヤブラン、キズタ、ツルグミなどが三十~七十パーセントの彼度で生育して、安定した林相を形成している。
商店街や住宅密集地の中にあって、これだけ自然度の高い樹林が残されているのは、現代の奇跡ともいえるほど珍しい。県民の科学的研究や自然教育の場として、また自然の記念物として将来にわたって保存される価値が高いものである。
昭和五十五年十二月二十日 神奈川県教育委員会
関連記録・コース真言宗の宗派である。総本山は金剛峯寺。高野宗・高野派とも呼ばれる。全国に約3700の末寺がある。
真言密教の教主。諸仏、諸菩薩の根元をなす理智体で宇宙の実相を仏格化した根本仏とされる。智徳の表現が金剛界大日、理徳の表現が胎蔵界大日とされ、天台宗では大日如来と釈迦如来は法身、応身で同体とし、真言宗では釈迦如来は顕教の教主とみて異体とする。
真言密教の教主。諸仏、諸菩薩の根元をなす理智体で宇宙の実相を仏格化した根本仏とされる。智徳の表現が金剛界大日、理徳の表現が胎蔵界大日とされ、天台宗では大日如来と釈迦如来は法身、応身で同体とし、真言宗では釈迦如来は顕教の教主とみて異体とする。
仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。
はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。
仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。
はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。