八ヶ岳連峰は編笠岳、権現岳、阿弥陀岳、中岳、赤岳、横岳、硫黄岳、天狗岳、北横岳の山から成る連峰で、その最高峰赤岳は3,000mに近い標高を持ち鋭い岩峰が連なる男性的な山です。山頂からは南アルプスや奥秩父の山々が一望でき、天候に恵まれれば奥穂高など北アルプスの山々や富士山も望むことができると言います。赤岳へ登山コースは美濃戸口から登るコースの他、北横岳から縦走するコース、清里側の真教寺尾根から登って行くコースなどが開かれています。何れも行程が10時間を近くになるため、普通は1泊2日の行程で登ることになると言います。今回は夜行列車を利用し、美濃戸口から山頂を往復することにしました。
0時1分新宿発、上諏訪行きの夜行列車は八ヶ岳方面に向かう登山客と、お盆の帰省客でほぼ満席です。列車は大月で15分、甲府で1時間と停車を繰り返しながら、茅野へと向かって行きます。たどり着いた茅野駅からは始発の美濃戸口行きバスに乗ました。八ヶ岳の山麓に広がる別荘地の中を登って行くと、登山口である美濃戸口です。
美濃戸口から左手の落葉松の中の林道を登って行きます。しばらく登ったところが美濃戸。数軒の立派な山小屋が建っていました。
美濃戸から登山道は二手に分かれています。左手は赤岳鉱泉を経て行者小屋に向かう北沢、右手は行者小屋に向かう南沢、今回は若干行程の短いと言う南沢を詰めることとします。柳川に沿って登る登山道は、暗い林の中を徐々に高度を上げて行きます。道端には夏山を彩る花が咲き乱れ、疲れた目を楽しませてくれます。露石の多い登山道にあえぎながら、丸木の橋や飛び石を頼りに柳川を渡ること2~3度。やがて登山道は水も涸れた荒れた川原を登って行くようになります。振り返ると御小屋尾根に沿い霧が舞い上がってきました。
ここからも登山道は水の涸れた川原を登って行きます。大きな岩や流木が川原を埋めています。登りも緩やかになると登山道は右手の暗い林の中を登って行くようになります。やがて前方の視界が大きく開けてくると、正面に八ヶ岳の鋭い岩峰がその全貌を現せてくれます。左手より硫黄岳、鋭くとがった大同心、小同心と横岳の岩峰、これからつづく稜線は地蔵尾根、さらにひときわ切り立った頂を天に向かって突き上げる主峰の赤岳。その圧倒される岩壁にしばし固唾を飲まずにはいられません。
行者小屋からは地蔵尾根の岩峰を目指す登りが始まります。そそり立つ地蔵尾根ノ頭までは標高差でおよそ350m。最初は暗い針葉樹の林の中をたどる登山道も、やがてダケカンバの林の中を登る急な登りになります。振り返ると木の間隠れに行者小屋、左手には横岳の岩峰が手に取るようにそびえ立っていました。
露岩帯にさしかかると登山道は鎖場、はしごの連続となります。切り立った岩場を鎖を頼りに一歩々登り詰めると痩せた地蔵尾根ノ頭に飛び出しました。正面には白く光る雲海が広がり、奥秩父の山々がその山頂だけを雲の中から出しています。右手遠くには富士山が残雪を被った頂上をのぞかせています。左手には尾根沿いに続く横岳がその荒々しい山肌を雲間から覗かせています。振り返る地蔵尾根は霧が舞い上がり何も見えません。
地蔵尾根ノ頭からは痩せた尾根道を赤岳石室に向かい登って行きます。赤岳の山頂まではまだしばらく時間がかかりそうです。石室を越えた小広い草原でコッヘルを取り出し昼食としました。
赤岳石室からは山頂に向かい急な露岩帯を登っていきます。痩せた尾根道は右手が大きく切れ落ちかなりの高度感があります。霧の中を尾根道をひと登りすると赤岳北峰に建つ赤岳山頂小屋にたどり着きました。吹き付ける強い風に汗でほてる体も直ぐ冷えてしまいます。数人のハイカーが小屋の前で休息を取っています。我々もここで小休止としました。
山頂小屋から最高点である赤岳南峰までは、痩せた尾根をたどり目と鼻の先です。狭い山頂は両側が真っすぐに切れ落ち、遮るものは何もありません。深田久弥氏の著書、日本百名山でも「本州中部で、この頂上から見落とされる山はほとんどないと言っていい。」と紹介された山頂は、晴れた日には360度の展望を楽しむことができると言います。しかし今日は西側から吹き上げる霧に包まれ、秩父方面の展望を楽しめるだけです。
山頂からは行者小屋への下山道を下り始めます。山頂直下のはしごを下るとすぐに竜頭峰に向かう分岐点。行者小屋へは右手の鎖場を山頂直下の岩壁の下に回り込みながら下ることとなります。しばらく下ったところが中岳への分岐点です。ここからは中岳、阿弥陀岳への登山道が続いているようですが、今回は文三郎道から行者小屋へ下ることにします。振り返る赤岳の岩壁は真っ青な空にそそり立ち、迫り来るような迫力で我々を見送ってくれているようです。
分岐点からはハイマツ、シャクナゲ等が生え始める岩稜地帯です。道はガレ場となり鎖を頼りに下って行きます。今夜山頂小屋に宿泊するのでしょうか、これから頂上を目指す家族連れがかなり登ってきました。しばらく下るとダケカンバの樹林帯になります。右手の沢には8月というのにまだ残雪が残っています。やがて道も緩やかになると目指す行者小屋にたどり着きました。小屋前の広場には色とりどりのテントが建ち並び、早くも夕食の準備を初めていました。
行者小屋からはまた南沢を下り美濃戸口に向かうこととします。振り返る赤岳は霧に包まれもうその姿を見せてくれません。息を切らせながら登った柳沢も下りは一気に美濃戸の小松山荘まで。小松山荘からはビールを片手に単調な林道を美濃戸口まで下っていきます。美濃戸口からの茅野行き最終バスは4時30分、時間はすでに6時を越えていました。仕方無くタクシーを拾うつもりで舗装道路を下って行くと学林の分岐路に茅野行きの路線バスが待っていました。
柳沢を登り始めるとたくさんの花が我々を出迎えてくれます。薄紫の穂を付けたクガイソウ、薄いクリームのキバナオダマキ、ヤマホタルブクロなどの花が咲き競い目を楽しませてくれます。
行者小屋に向かって登って行く林の中にはゴゼンタチバナや、コバノイチヤクソウが咲いていました。イチヤクソウには色々の種類があり、なかなか見定めのが難しい花のひとつです。
地蔵尾根ノ頭から赤岳の山頂へと登って行く稜線には、砂礫地に咲く高山植物のお花畑が広がっています。岩影にはミヤマダイコンソウやタカネシオガマ、チシマギキョウが吹き付ける風に揺れていました。
赤岳山頂から文三郎道を下って行く岩場の間にピンクのコマクサを見つけました。高山植物の女王の名にたがわず可憐な花です。近くを捜してみましたが咲いているのは一株だけ。コマクサも盗掘などで花の数は少なくなっているようです。