妙光寺 
白雉三年(652)明光禅尼が庵を建てたのが始まり、 弘安五年(1281年)に日蓮が宿泊したとの伝えがあり、それを機に時の住職(文教和尚)が教化され改宗したとされています。
境内の梵鐘は、正中二年(1324年)の刻銘があり、県指定の重要文化財と言います。
この寺は縁起によると、はじめ孝徳天皇の白雉3年(652)に明光比丘尼が建てた庵で明光が亡くなり、その後、大同年間(806~810)に辨通が天台宗福昌山明光寺と称して寺にしたといわれています。
弘安5年(1282)9月17日に日蓮上人がここに一泊し、その寺の住職文教は、教化をうけて改宗し、寺名も蓮昌山妙光寺と改め、日蓮上人を開山とし、自らは二世となりました。
宝徳4年(1452)、相州瀬谷郷に住んでいた山田伊賀入道経光が大壇那となって、正中2年(1325)鋳造された武州恩田(緑区恩田町)の萬年寺の梵鐘を寄進しました。この梵鐘は、中世の関東地方で活躍した鋳物師の物部氏の一人守光の作で、神奈川県の重要文化財に指定されています。
境内には、明光比丘尼の開基堂、江戸時代、瀬谷村に采地を賜った鷹匠長田白政の墓碑があります。
(社)横浜国際観光協会、横浜市教育委員会文化財課
平成2年3月
関連記録・コース仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依(しょえ)とし南無妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ、折伏(しゃくぶく)・摂受(しょうじゅ)の二門を立て、現実における仏国土建設をめざす。
鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。安房小湊の漁師の子という。17歳ころから鎌倉・比叡山などで11年間修行研鑽し、法華経こそ至高の経典であるとの確信を得、1253年故郷の清澄山頂で題目を高唱して開宗した。