田代山は栃木と福島の県境に連なる山で、会津高原の典型的な山上湿原と言われています。登山口は田代山林道の猿倉から登るコースが一般的のようですが、木賊温泉から登る健脚向けのコースもあると言います。数年前、この山に登ろうとした時は湯西川温泉から田代林道をたどり猿倉に向かおうとしましたが途中で林道は通行止め。昨年は舘岩側から猿倉を目指しましたが、山開き前と言うことで湯ノ花温泉から先は通行どめ。この山は我々にとって遠い山の一つでした。
会津鉄道のガード下で道を左に折れしばらく走ると舘岩の集落です。大きな標柱に従い道を左に。湯ノ花温泉を越えると民家も途切れ、道は砂利の荒れた山道に変わります。コブシほどの落石が落ちているところもある、カーブの多い荒れた道が続いています。幾度かカーブを繰り返しながら山道を登って行くと右手に駐車場と小さなトイレ。さらに登ると広い駐車場にはすでに車が5,6台。平日にもかかわらず、この山はたくさんのハイカーで賑わうところのようです。
登山口からは沢沿いの道を登り始めます。ほどなく登山道は新緑の雑木林の中を登る急な坂道に変わります。道端には真っ赤なミツバツツジやムラサキヤシオ、オオカメノキも白い花を付けていました。最初からの急な登りにすぐに息も弾んでしまいます。しばらく登るとコメツガの林の中を登る道になります。右手の梢の先に稜線が見え隠れしましが、なかなか小田代にはたどり着くことが出来ません。
やがて木道が現れると広く開けた小田代の湿原です。コメツガの中にシャクナゲが生えていましたが、まだ蕾さえも膨らんでいないようです。草に覆われた湿原にはショウジョウバカマやタテヤマリンドウ、ミツバオウレンなどが咲いています。目を木道の脇に落とすとマルバノモウセンゴケも小さな群生を作っていました。
小田代湿原で小休止の後、山頂に向かって急な坂道を登って行きます。灌木の中を登る急な登りに息を切らせるとほどなく山頂の一角にたどり着きます。明るく開けた湿原には木道が敷かれ、緩やかに弘法沼へと続いています。しかし冬の眠りから目覚めたばかりの湿原には、目立った花は咲いていませんでした。
やがて雪解け水を集めた弘法沼が現れると、木賊温泉から登ってくる道を右から合わせた田代山の山頂です。目の前には真っ白い残雪に輝く会津駒ヶ岳のたおやかな稜線が広がっていました。
ここからも木道は緩やかに弘法大師堂を目指して登っていきます。コメツガの木の下には咲き残った水芭蕉の花。7月には白い花が咲くコバイケイソウも大きな葉を伸ばしていました。この湿原もワタスゲの多いところのようです。すでに花の時期は終わっているようですが、しばらくすると白い穂綿を風に揺らすことでしょう。たどり着いた弘法大師堂手前の木道に腰を下ろし昼食です。目の前に広がる湿原の先には、右手に高原山、左手には急峻な七ヶ岳の岩峰。その先には那須岳が雲の中に霞んでいました。
昼食の後、弘法大師堂に立ち寄りました。コメツガの林の中にひっそりと建つ弘法大師堂は避難小屋と言ったところ。中に入ると古びた大師像が祭られていました。ここから帝釈山までは1時間半程度の道程と言います。体調もいま一つと言うこともあり、今日は大人しく登山口に戻ることにしました。
湿原に咲く花をファインダーに収めながら田代湿原を後に。急な坂道を下っていきます。人気の山と言うこともあって、昼近過ぎなっても中年の団体も登ってきます。息を切らせながら登って来た登山道も下りとなると気楽なもので、1時間ほどで車を停めた登山口にたどり着きました。
花の咲き乱れると言われる山上湿原も、まだ冬の眠りから目覚め始めたばかりのようです。登山道を登り始めると道端にはニリンソウやラショウモンカヅラが咲いていました。
小田代の小さな湿原も花に恵まれた湿原です。草に覆われた湿原にはショウジョウバカマやタテヤマリンドウ、ミツバオウレンなどが咲いていました。目を木道の脇に落とすとマルバノモウセンゴケ。白い花が咲くと言うモウセンゴケの花はまだ見たことがありませんが、小さな蕾が膨らみかけているようです。
たどり着いた田代山の湿原は冬の眠りから目覚めたばかり。木道の脇にはタテヤマリンドのほかチングルマの白い花が咲き始めていました。小さなヒメシャクナゲはまだ蕾さえも固いようです。