虎ノ門金刀比羅宮 


 寺社の種類:旧府社
 創建の時期:万治3年(1660)
 主祭神:大物主神崇徳天皇
 札所:ー
 本殿の形式:ー
 境内社:喜代住稲荷神社、産日社
 所在地:東京都港区虎ノ門1丁目2ー7
 訪問日:2026年1月9日

 

東京都港区虎ノ門にある神社です。讃岐丸亀藩主の京極高和が讃岐の金刀比羅大神を三田の江戸藩邸に邸内社として勧請、その後延宝7年(1679)に藩邸と共に虎ノ門へ遷座しました。

虎ノ門琴平タワーに金毘羅宮の幟
御手水場
境内に神楽殿
銅鳥居
百度石
拝殿
拝殿に参拝客
喜代住稲荷神社
結神社

江戸時代末期には金毘羅信仰が流行、数多くの崇敬を集めました。

 

 《虎ノ門金比羅宮縁起》現地案内板

当宮は虎ノ門金刀比羅宮と稱し東国名社の一

創祀は万治三年(一六六〇)讃岐丸亀城主京極高和の時邸を愛宕下に移し 同時遷座 延寶七年(一六七九)なり

爾来御神威愈々広く 大衆の信仰として親しまれ 豊漁満帆 海陸安穩 福徳守護の 御神徳は当宮の御神紋丸金と共に 益々篤きものなり

御祭神 大物主神、崇徳天皇

大祭 十月九日・十日、初こんぴら 一月十日、御縁日 毎月十日

 

 関連記録・コース


 大物主命(おおものぬしのみこと)

大和の三輪山に鎮座する神で大神神社の祭神。大国主(おおくにぬしの)神の異名とも言います。国津神の代表的存在で国譲り後たくさんの国津神をひきいて皇孫を守ったなどおおくの説話を持つ神です。蛇の姿をしており農業の守護神でもある。

 

 崇徳天皇(すとくてんのう)

第75代の天皇、在位1123年1月28日~1141年12月7日。鳥羽天皇の第1皇子。鳥羽法皇の死後、後白河天皇と争い保元の乱に敗れて讃岐(さぬき)に流されました。死後は怨霊として恐れられた。墓所は香川県坂出の白峯陵(しらみねのみささぎ)。陵墓は香川県坂出市青海町の白峯陵。

 

 大国主命(おおくにぬしのみこと)大己貴命・大穴牟遅神(おおなむちのみこと)

出雲神話の神。素戔嗚尊(すさのおのみこと)の子または孫です。少彦名神(すくなびこなのかみ)とともに、中つ国の経営を行っましたが、天照大神(あまてらすおおみかみ)の使者が来ると国土を献上してみずからは隠退しました。

大黒天と同一視されるようにもなりました。因幡(いなば)の白兎の神話は唱歌にも歌われています。

 

 鳥羽天皇(とばてんのう)

第74代の天皇、在位1107年7月19日~1123年1月28日。堀河天皇の第1皇子。崇徳・近衛・後白河の三代にわたって1129年から27年間、院政を行う。崇徳上皇と対立して後白河天皇を擁立、保元の乱の因となった。陵墓は京都府京都市伏見区竹田浄菩提院町の安楽寿院陵。

 

 鳥羽天皇(とばてんのう)

第74代の天皇、在位1107年7月19日~1123年1月28日。堀河天皇の第1皇子。崇徳・近衛・後白河の三代にわたって1129年から27年間、院政を行う。崇徳上皇と対立して後白河天皇を擁立、保元の乱の因となった。陵墓は京都府京都市伏見区竹田浄菩提院町の安楽寿院陵。

 

 後白河天皇(ごしらかわてんのう)

第77代の天皇、在位1155年7月24日~1158年8月11日。鳥羽天皇の第4皇子。即位の際、崇徳上皇と対立、保元の乱を生じた。二条天皇に譲位後、五代にわたって院政をおこない、平氏政権から鎌倉幕府権力の確立に至る変革期にあって朝廷権威の存続を巧みにはかった。1169年出家して法皇となり、造寺・造仏に尽くした。陵墓は京都府京都市東山区三十三間堂廻リの法住寺陵。

 

 保元の乱(ほげんのらん)

保元元年(1156年)京都に勃発した内乱。皇位継承に関する崇徳上皇と後白河天皇との対立に、摂関家の藤原頼長と忠通との家督争いが結びつき、上皇・頼長側は源為義・平忠正、後白河・忠通側は源義朝・平清盛らの武士団を招じ入れて戦い上皇方が敗北した。上皇は讃岐に流され、頼長は戦傷死した。この乱はのちの武家政権成立への端緒をなした。

 

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