日本橋七福神 


 歩行時間:行動時間 2:24、歩行時間 1:45
 歩行距離:3.4km
 累積標高差:+3m、-2m
 都営浅草線・人形町駅
 訪問日:2026年1月6日

 

 コースタイム


人形町駅10:20~橘稲荷神社~笠間稲荷神社10:40~末廣神社10:47~松島神社10:56~水天宮(寳生辨財天)11:04~茶ノ木神社11:21~銀杏八幡宮・銀杏稲荷~小網神社11:28/57~なか卯~椙森神社12:40~人形町駅12:45

 

 日本橋七福神


今年の七福神歩きは日本橋七福神の予定でした。

人形町の案内板

先日、東京駅から日本橋を越え小網神社へ向かいましたが、七福神の御朱印を待つ長い行列に嫌気を覚え小石川の七福神を参拝することにしました。今日はそのリベンジになります。

●寿老神・笠間稲荷神社、中央区日本橋浜町2-11-6
●福禄寿・小網神社、中央区日本橋小網町16-23
●弁財天・水天宮、中央区日本橋蠣殻町2-4-1
●恵比寿神・椙森神社、中央区日本橋堀留町1-10-2
●毘沙門天・末廣神社、中央区日本橋人形町2-25-20
●大国神・松島神社、中央区日本橋人形町2-15-2
●布袋尊・茶ノ木神社、中央区日本橋人形町1-12-10

都営浅草線の人形町駅傍の小さな橘稲荷神社に参拝です。

 寿老神・笠間稲荷神社

立ち並ぶビルの中の金座通りは日差しも少なく冷え冷えとしていました。

金座と銀座は江戸幕府により造られた造幣機関で、金座は小判や一分金などの金貨、銀座は丁銀・豆板銀などの銀貨を鋳造しました。金座は現在の日本橋本店付近、銀座は当初伏見に置かれましたが後に江戸の新両替町、現在の銀座2丁目付近に移されました。

江戸時代流通していた寛永通宝などの銅銭は幕府が設置した銭座でという鋳造所で請負制で造られていました。後には金座、銀座が管理したと言います。

金座通りをしばらく歩くと寿老人を祀る笠間稲荷神神社東京別社です。

寿老神・笠間稲荷神社
笠間稲荷の拝殿
日本橋七福神詣のポスター
境内に稲荷像

ここは日本橋魚河岸の守り神として、茨城の笠間稲荷を勧請した神社と言います。

 毘沙門天・末廣神社

細い末広通には古いお店屋さん、ランチの看板を掲げる小さなお店屋さんも多いようでした。

末廣神社は毘沙門天を祀る神社です。この周辺には江戸で最初の遊郭があった元吉原がありました。大門通りの名前は遊郭の唯一の出入り口、大門が由来と言います。

末広通りに古いお店屋さん
毘沙門天・末廣神社
満願成就・末廣徳の石
大門通にも小さなお店屋さん

吉原の遊郭は明暦の大火などの後、浅草寺裏の日本堤に移転しました。

 大国神・松島神社

松島神社は大黒天を祀る神社です。かつてはこの付近は入り海の小島で、松が鬱蒼と茂っていたとされています。

大国神・松島神社
ビルの中に松島神社

都会の中ではありがちなビルの一角に建てられた神社でした。

 弁財天・水天宮

車の流れも多い都道50号線は新大橋通と呼ばれているところ、大きなコンクリート造りの近代的な神社は水天宮です。1階は駐車場、拝殿は2階にあります。神社の神門を守る随身がコンクリート壁に埋め込まれていました。

水天宮の御祭神は天御中主神と安徳天皇など平家ゆかりの三柱です。水難除け、安産、子授けの御利益があるということで、江戸後期には江戸三大安産祈願の一つとして多くの参拝者で賑わったと言います。

水天宮の大きな社殿
大きな狛犬
境内に随身像
境内の摂社
弁財天・寳生辨財天
水天宮の拝殿

七福神の毘沙門天を祀るのは境内の寳生辨財天の赤い社です。

 布袋尊・茶ノ木神社

水天宮の近くには布袋尊を祀る茶ノ木神社があります。下総佐倉藩の中屋敷にあった屋敷神が起源と言います。

布袋尊・茶ノ木神社
銀杏八幡宮
銀杏稲荷
蛎殻町の交差点

さらに新大橋通にあった銀杏八幡宮・銀杏稲荷に立ち寄りました。境内には僅かにイチョウの黄色い落ち葉が残っていました。

 福禄寿・小網神社

牡蠣殻交差点から僅かに歩くと小網神社の交差点です。正月の七福神参りでは1時間、2時間待ちと言われていますがまだ長い待ち行列が続いています。

小網神社参拝の行列
拝殿の脇のお札授与所に長い行列
福禄寿・小網神社
銭洗いにも行列

Copilotによると小網神社の待ち行列は『強運厄除・金運のご利益が非常に強い、「銭洗い弁天」「昇り龍・降り龍」など人気の参拝スポット、メディアや著名人の紹介、境内が小さい』がその理由とか、待ち行列を整理する警備会社の人も大変そうです。

30分ほどの参拝待ちで小網神社の拝殿へ、小さな境内はたくさんの参拝客で賑わっていました。

 恵比寿神・椙森神社

人形町駅近くのなか卯で親子丼の昼食です。

近くには堀留児童公園がありました。かつて日本橋川から北西に入り込む「六十間掘」という堀割があったところです。今は日向を求めベンチで休む人が目立つところです。

七福神の最後は恵比寿神を祀る椙森神社です。田原藤太が戦勝を祈願したという古い歴史を今に伝える神社です。

なか卯で昼食
堀留児童公園の案内板
恵比寿神・椙森神社
椙森神社の拝殿
椙森神社の拝殿
都営浅草線の人形町駅

神殿の中にお供物のお酒、ざるに入った恵比寿天は神社の縁起物でしょうか。またこの神社は富くじが行われた処です。大江戸の三富は感応寺、目黒不動、湯島天神とされていますが椙森神社の他にも浅草寺、回向院、増上寺などで富くじが行われていたようです。

日本橋七福神は神社だけで構成された七福神、戦後の地域再興のため昭和25年ころに始まったとされています。今回は人形町駅を起点に歩程3.4km、2時間弱の七福神めぐりでした。

 

 コースGPSmap


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