武蔵国分寺跡 


 観光地の種類:史跡
 所在地:東京都国分寺市西元町3丁目10
 訪問日:2023年5月3日

 

聖武天皇が日本各地に建立した国分寺の一つ武蔵国分寺、東山道武蔵道近くにその遺構があります。金堂や講堂、七重の塔の基壇、礎石が残っています。

広い武蔵国分寺跡
講堂跡の案内板
金堂・講堂間の通路
中門・講堂間の幢竿遺構
中門跡
金堂跡
鐘楼跡
武蔵国分寺跡

元弘3年(1333年)の分倍河原の戦いで焼失しました。近くの医王山最勝院国分寺には再建された薬師堂や本堂、仁王門が建っています。

 

 《武蔵国分寺跡》武蔵野市教育委員会の案内板

指定年月日 大正十一年十月十二日

天平十三年(七四一)の聖武天皇の命により、鎮護国家を祈願して創建された武蔵国分寺は、昭和三十一年以来の発掘調査によって東西七二〇メートル、南北(中軸線上) 五五〇メートルの寺地と、寺地中央北寄りの僧寺寺域

(三六〇~四二〇メートル四方)および寺地南西隅の尼寺寺城(推定一六〇メートル四方)が明らかになり、諸国国分寺中有数の規模であることが判りました。

さらに、この中で寺地・寺域は数回の変遷があることが確認されています。

また、僧寺では諸国国分寺中最大規模の金堂をはじめ講堂・七重塔・鐘楼・東僧坊・中門・塀・北方建物、尼寺では金堂(推定)・尼坊などが調査されています。

武蔵国の文化興隆の中心施設であった国分寺の終末は不明ですが、弘三年(一三三三)の分倍河原の合戦で焼失したと伝えられています。

史跡指定地域(全体図網点部分)約十万平方メートルは、現在、史跡公園の整備に向けて土地の公有化を進めています。

平成元年一月 国分寺市育委員会

 

 関連記録・コース


 聖武天皇(しょうむてんのう)

第45代天皇(在位:724年2月4日~749年7月2日)文武天皇の第一皇子。光明皇后とともに仏教を厚く信仰。全国に国分寺・国分尼寺を置き東大寺を建立して大仏を造立した。陵墓は奈良県奈良市法蓮町の佐保山南陵。

 

 文武天皇(もんむてんのう)

第42代天皇(在位:697年8月1日~707年6月15日)天武天皇・持統天皇の孫。草壁皇子の第一皇子。大宝律令を制定。万葉集、懐風藻に入集した。陵墓は奈良県高市郡明日香村栗原の檜隈安古岡上陵。

 

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