明白院 
三田氏の遺臣野口刑部丞秀房が開基となり、海禅寺七世天江東岳が天正年間(1573~1591年)に開山したといいます。
茅葺の山門は日向和田の館の城にあったものを明白院建立の時移築したものです。安土桃山時代の形式で青梅市重要文化財指定されています。
本寺は日向山と号し、本尊は勝軍地蔵である。天正年間(一五七三~一五九二)天江東岳を開山として、勝沼城主三田氏の遺臣野口刑部丞秀房を開基として創立された。
この山門は、日向和田の館(楯)の城にあったものを明白院建立の際ここに移したと伝えられ、木造茅葺一間一戸の四脚門として市内に現存する山門の中で最も古構を遺す一例として貴重である。
昭和四十三年十一月三日 指定
青梅市教育委員会
関連記録・コース禅宗の一派。中国の禅宗第六祖慧能の法系である洞山良价 (807~869年) を祖とする。中国禅宗五家七宗の一つ。鎌倉時代に道元が入宋して伝えた。福井県の永平寺と神奈川県の総持寺とを大本山とする。
鎌倉時代の仏僧。曹洞宗の開祖。内大臣久我通親の子。幼くして比叡山に上ったがその教学に疑問をもち、栄西について禅を学び1223年明全(みょうぜん)とともに入宋した。天童山で如浄の印可を受け1228年帰国した。
仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。
はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。