弘明寺(ぐみょうじ) 


 寺社の種類:高野山真言宗の寺院
 山号:瑞應山、院号:蓮華院
 創建の時期:伝・天平9年(737年)、開基:伝・行基
 札所:坂東三十三観音 第14番、武相不動尊 第18番
 所在地:神奈川県横浜市南区弘明寺町字山下267
 訪問日:2018年1月11日

 

横浜市内で最も古い高野山真言宗のお寺です。寺伝によると天平9年(737年)に行基が十一面観音像を刻んで堂宇を建てたのが始まりと言い、弘仁5年(814年)には弘法大師空海が訪れ護摩を行い、歓喜聖天を刻んで安置したと伝えられています。

弘明寺の商店街
参拝客でにぎわう商店街
弘明寺の山門
弘明寺の山門
弘明寺の山門
瑞應山の扁額

地下鉄弘明寺駅から弘明寺観音に通じる道は弘明寺の商店街です。飲食店などのほか野菜なども商うスーパーもありたくさんのお客で賑わっています。

山門に仁王像
山門に仁王像
参道に不動明王と馬頭観音
大香炉の先に石段が

仁王像が祀られた山門から急な石段を登って行きます。途中には京浜急行設立100周年を記念して奉納された身代わり地蔵が祀られていました。

石段の脇に六地蔵
石段の途中に身代わり地蔵
弘明寺の本堂
石段を登ると本堂
坂東14番霊場の本堂
本堂には大きな扁額
御手水場

本尊の十一面観音は平安時代中期の作で国指定の重要文化財に指定されています。現存する本堂は明和3年(1766年)に再建されたもので、一部には旧本堂の木材が使用されていると言います。

弘明寺の鐘楼
大きな鐘楼
参道に地蔵祠

また境内の梵鐘は江戸神田に住む西村和泉守藤原政平という鋳物師が寛政10年(1798年)に作ったものです。川崎大師平間寺の梵鐘も同人の作と言います。

 

 《弘明寺観音》現地の案内板

弘明寺観音の案内板

(国指定重要文化財)

指定 大正4年8月10日

弘明寺は、瑞応山蓮華院と号す真言宗の寺院で寺伝によると、「今を去る1200余年前、元正天皇の養老5年(721)、インドの善無畏三蔵法師が仏教弘通のため、日本渡来の節開創されたお寺で、それより17年後、聖武天皇の天平9年、諸国に悪病流行の際、行基菩薩が勅命により、天下泰平祈願のため全国巡錫の際、当山の霊域を感得し草庵をつくり観音様を彫刻し、安置せられた。」とあります。

鎌倉時代には、源家累代の祈願所とされました。江戸時代、坂東観音三十三ヵ所の第14番札所として信仰を集め、年に2回の市が立ち、大変賑わいました。市内には観音道の道標が数基遺っています。

本尊の木造十一面観音立像は、関東に造る鉈彫りの典型的な作例として有名なものです。(鉈彫り像とは、丸のみの彫り痕を像表面に残した特殊な彫り口の作品をいいます。)

像高181.7cm、ケヤキ材、丸彫り・一木造り、平安時代(11~12世紀のころ)の作。造形はかなり荒々しく、かつ粗略なもので、一見未完成作のような印象を受けますが、全身にわたって丸のみの痕を規則的に横縞目に残しており、顔面は肉身や着衣に比べ、極め細かく入念に整えられています。彩色は僅かに本面の唇と化仏の唇に朱を点じ、眉目・ロヒゲ・ 胸飾を墨で描いています。

境内には、善無畏三蔵法師が陀羅尼を書写し、結界を立てた霊石と伝える 「七つ石」、尾りよ石と刻してある「尾関石」、大黒天の袋に似ているので名付けたという「福石」があります。

横浜市教育委員会文化財課・社団法人 横浜国際観光協会

平成9年3月

 

 関連記録・コース


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