深田久弥氏の選による日本百名山のうち北海道には9つの山がその名を連ねています。その一つ羅臼岳はオホーツク海に突き出る知床半島の中央に位置し、岩を積み上げたような山頂は知床半島の最高峰です。また北海道の山としては珍しいアルペン的な風格を漂わせる山です。
知床半島は「地の果て、秘境」として毎年たくさんの観光客を集めているところです。しかしウトロや羅臼といった観光地を離れ、ひとたび山に足を踏み入れると、そこは手垢に汚れていない自然が残っているところです。この山域もまたそんな知床の自然を色濃く残すところの一つです。
ホテル地の果て脇を登って行くと登山口である木下小屋が建っています。真新しい小屋の前には十人ほどの登山ツアーのパーティ。飛行機を利用して東京方面からやってきたのでしょうか。近頃はこのようなパーティも多くなっていると言います。
登山道は暗い針葉樹の林の中をジグザグを切りながら登って行きます。最初からの急坂に息を弾ませると、雑木林の稜線をたどる明るい道になります。やがて登山道は小さな岩塔の傍を登って行きます。ここはオホーツク展望台と呼ばれるところ。正面には青く霞むオホーツクの海が広がっていました。
付近一帯は岩場のためか蟻の巣が多いと言います。このため蟻を食べにヒグマが姿を見せることが多いとか。これだけ多くの人が登っているので、ヒグマも近づくことはないでしょうが、多少不安を覚えるものです。明るくなった稜線からは、三ツ峰からサシルイ岳、知円別岳、硫黄山と続く知床の稜線を眺めることができます。
やがて左手に沢筋が近づいてくると弥三吉水です。この水場は水源からあまり離れていないためエキノコックスの心配もないとか。すでにたくさんの人が思い思いに休息を楽しんでいました。
弥三吉水からしばらく登ったところが極楽平です。ダケカンバの中をたどる平坦な道は展望があまりきかず、木の間越しに羅臼岳の山頂を眺めるだけです。極楽平らを過ぎると登山道は再び急な登りに差し掛かります。ジグザグを切ながら高度を上げていくと、銀冷水にたどり着きました。ここからダケカンバの林の中を登って行くと、登山道は大きな沢の中を登るようになります。そろそろ森林限界を超えたようで、登山道の両脇はたくさんの高山植物に彩られていました。
ここからは、大沢の急な登りが始まります。7月の初めまでは雪に覆われていると言う斜面には、消え残った雪渓が残っています。
ピンクのエゾコザクラや真っ赤なエゾツツジに励まされながら登り詰めた台地は羅臼平。ケルンの建つ広場にはたくさんの人が休息していました。ここは知床の縦走路が交差するところです。左手に登っていく道は三ツ峰を経て硫黄山に続く縦走路。真っ直ぐ行く道は羅臼温泉に下る道です。
羅臼平からハイマツの斜面を登っていくとほどなく岩清水です。手を切るほどに冷たい水が岩場から滴り落ちています。ここから道は咲き乱れるお花畑の中を山頂へと登って行きます。ゴロゴロと積み重なる岩の間を攀じ登りながら高度を上げていくと、やがて山頂直下の岩場です。
今にも崩れ落ちそうな大岩の下を回り込むと、岩を積み重ねたような羅臼岳の山頂にたどり着きました。晴れていれば遠く国後の島までを望むことができるという山頂も、今日は夏雲が巻き上がり、わずかに羅臼平を眺めるだけです。
山頂での小休止も程々に、積み重なる岩の間を羅臼平へと下って行きます。途中のお花畑では今を盛りにコエゾツガサクラやチングルマの花が風に揺れています。おそらくこの斜面から雪渓が消えてから数週間しかたっていないのでしょう。
岩清水で冷たい水に喉を潤してから羅臼平へ。右手を眺めると雲の間から国後の島影が顔を見せてくれますが、すぐに夏雲の間にその姿を隠してしまいました。ようやくたどり着いた羅臼平の広場に腰を下ろして遅くなった昼食としました。
羅臼平からは、木下小屋を目指して下って行くこととします。登りに比べ息を切らせることはないものの、朝からの歩行時間は6時間を超えています。そろそろ足にも疲れが溜まっているようです。途中、銀冷水、弥三吉水で小休止を繰り返しながら針葉樹の林の中をジグザグに下っていくと、登山口の木下小屋です。
大沢は遅くまで雪渓が残っているところで、たくさんの花が咲き乱れるところです。ひと際目を引くのはエゾコザクラのピンクの群生。大雪山のお鉢めぐりでピンクの絨毯のような群生を見たことがありますが、この沢の群生もなかなか見事なものです。黄色い花はチシマノキンバイソウでしょうか。
山頂直下のお花畑もチングルマやエゾノツガザクラが白やピンクの絨毯のように咲き乱れています。ここのツガザクラはコエゾツガザクラ。お馴染みのツガザクラに比べ花の色が淡いのが特長と言います。