霊厳寺 
寺社の種類:浄土宗の寺院
山号:道本山、院号:東海院
創建の時期:寛永元年(1624年)、開山:雄誉霊巌
本尊:阿弥陀如来
札所:江戸六地蔵 第5番
所在地:東京都江東区白河1丁目3-32
訪問日:2018年1月3日
霊巌寺は知恩院の雄誉霊巌上人が開山となり茅場町付近に創建しました。寛永元年(1624)に霊巌島を造成して霊巌寺を建立、浄土宗の関東十八檀林の一つとして多くの僧が修行していました。
明暦3年(1657)には大火で焼失、境内や周辺で1万人近くの避難民が犠牲になったとされています。万治元年に当地に替地を拝領し移転したと言います。
霊巌寺には11代将軍徳川家斉のもとで老中首座として寛政の改革を行った松平定信の墓をはじめ、今治藩主松平家や膳所藩主本多家など大名の墓が多くあります。
また江戸六地蔵の一つとして大きな地蔵菩薩が祀られていました。江戸六地蔵はここ霊厳寺のほか太宗寺、真性寺、品川寺、東漸寺にも祀られていると言います。
所在地 江東区白河1―3ー22
江戸六地蔵の由来は、その一つ太宗寺の像内にあった刊本「江戸六地蔵建立之略縁起」によれば、江戸深川の地蔵坊正元が不治の病にかかり、病気平癒を両親とともに地蔵菩薩に祈願したところ無事治癒したことから、京都の六地蔵に倣って、宝永三年(一七〇六)造立の願を発し、人々の浄財を集め、江戸市中六か所に地蔵菩薩をそれぞれ一体ずつ造立したと伝えられています。
各像の全身及び蓮台には、勧進者、その造立年代などが陰刻されており、神田鍋町鋳物師太田駿河守正義によって鋳造されたこどがわかります。六地蔵のうち、深川にあった永代寺の地蔵菩薩(第六番)は、廃仏毀釈で取り壊され、五体が残っています。
六地蔵のうち、霊巖寺の地蔵は第五番目で、享保二年(一七一七)に造立されました。他の六地蔵に比べ、手の爪が長く、宝珠を持つ左手の指のうち、四本の指が密着した形になっています。像高は、二七三cmあり、かつては鍍金が施されており、所々に金箔が残っています。
江戸時代中期の鋳造像としては大作であり、遺例の少ないものであることから文化財に指定されました。
平成二三年三月建設 東京都教育委員会
大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で生あるものすべてをすくう仏様。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんになり、浄土宗、浄土真宗、時宗などの浄土教宗派が成立した。
阿弥陀如来像は質素な形で如来の通相と呼ばれる姿をしています。小指を除く三指と親指で輪にした九品来迎印(くぼんらいごういん)を結んでいるのが特徴です。
法然上人の弟子の親鸞上人を開祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の経典とするが、特に無量寿経により阿弥陀仏の本願の信心を重視し、称名念仏は仏恩報謝の行であるとするのを宗旨とする。門徒宗、一向宗とも呼ばれます。