父不見山は神流川右岸、上州の古い宿場町万場を見おろす小さな頂です。地元では「ててめえじ山」と呼んでいるようです。草深い上州の山は草木の茂る暑い時期には登ることもできません。梢の先に視界が広がる晩秋から初冬にかけてがこれらの山を訪れる季節のようです。
御荷鉾山に登った時、山頂近くに「父不見 御荷鉾も見えず 神流川 星ばかりなる 万場の泊まり」と刻まれた尾崎喜八の碑文を見た記憶が残っています。往時、奥深いこの山域を訪れるのには、万場の宿で一夜を過さなければならなかったのでしょう。その時から何時かは訪れてみたい山として記憶の中にしまっておいた山です。
関越自動車道の本所児玉からから国道462号線で万場の街へ。古い街並みが続く万場の街は、神流川にかかるこいのぼり祭りで有名なところです。街はずれの道の駅万葉の里に車停め、神流川に沿った車道を歩き始めます。登山口は国道沿いの駐車場の裏手にありました。
杉木立の林の中に続く落ち葉が降り積もった登山道を登り始めます。一足ごとにカサカサ音を立てる登山道は訪れる人の少なさを語っているようです。視界のほとんど利かない登山道はジグザグに尾根に向かって高度を上げて行きます。
しばらく登ると広い林道に出ました。林道は木材の切り出しなどに利用した仕事道のようですが今はあまり車も通っていないようです。緩やかに登って行く登山道は雑木林の渕をまわり込むようにして稜線へと登って行きます。道には厚く落ち葉が降り積もり、ややもすると道を踏み外しそうです。やがて登山道は坂丸峠にたどり着きました。ヒノキの林に覆われた暗い峠は小さな石祠が祀られているだけの展望も利かない峠です。
ここからは暗いヒノキ林の中を緩やかに登って行きます。やがて登山道は左手の稜線に向かって急な坂道を登り始めます。ジグザグを繰り返しながら雑木林の尾根を進むとこの稜線の最高点である長久保ノ頭にたどり着きました。
この狭い頂からは東方向の視界が開け、目の前には城峰山、右手には外秩父の大霧山や堂平山、石灰岩の採掘で山頂を削り取られた武甲山など奥武蔵の山々を一望できます。しかし御荷鉾山方面は木立に覆われ、梢に先に西御荷鉾山や東御荷鉾山の頂が見えるだけです。
長久保ノ頭からは父不見山に向かうことにします。一度鞍部に下り明るい雑木林の尾根を登り返すと父不見山の山頂です。振り返ると霞んだ空の下に雲取山や和名倉山の稜線が見えるようです。しかし御荷鉾山の方向は木立の中で展望はいま一つです。
山頂で小休止したのち、杉ノ峠へと下って行くことにします。ヒノキの植林帯の渕を下って行く稜線は山火事の後のようで、所々には焼け焦げた切り株も残っています。たどり着いた杉ノ峠は秩父の長久保と万場の生利を結ぶ峠で、焼け焦げた大きな杉の木の下に石祠が祀られていました。
ここからは暗い杉林の中を生利に向けて下って行きます。しばらく下ると林道に出会います。この林道は坂丸峠への登りでも横切った道のようですが車の跡はあまり感じられません。しばらく山道を下って行くと道は荒れた林道を下って行くようになります。土砂が流出したままになっている荒れた道で、雨で流されたのか小型トラックが沢に落ちていました。
舗装道路に出るとあとは万場の生利まで。人気のあまりない万場の街を通り抜け、アスファルトの車道歩きに飽き始めるころ、車を停めた道の駅にたどり着きました。