芦ノ湖の湖畔に賽ノ河原があります。現地の案内板によると「この地は地蔵信仰の霊地として、江戸時代東海道を旅する人々の信仰を集めたところです。その規模は大きく、多数の石仏、石塔が湖畔に並んでいました。しかし、明治時代に入ると、仏教の排斥から多くの石仏が失われ、また芦ノ湖の観光開発の中でだんだんとその規模が縮小され現在のようになりました。現存する石仏、石塔の中にも鎌倉後期と推定される艘塔を始め貴重なものがあります」と紹介されていました。
中世の箱根越えが湯坂道であったころ精進池の周辺に地蔵信仰の霊地賽ノ河原がありました。箱根越えが須雲川沿いに開削され湯坂道が歩かれなくなると地蔵信仰の霊地も芦ノ湖湖畔に移り、精進池周辺は元賽ノ河原と呼ばれるようになったと言います。
精進池の辺には周辺の石仏群を紹介する資料館があります。遊歩道沿いには六道地蔵と呼ばれる大きな摩崖仏や二十五菩薩石塔群など、たくさんの石仏が祀られています。