貴志嶋神社 
創立年代は不詳。一説には南北朝時代、足利尊氏が母の守護神として勧請したとも。そののち喜連川頼氏(1580年-1630年)が再興したとも伝えられています。
かつては茅葺の社殿であったようですが瓦葺の社殿になっていました。
社殿の近くには奧の院の弁天洞窟があります。洞窟にはあきる野市文化財に指定されている大黒天像や毘沙門天像が祀られています。
御祭神 市杵嶋姫命
市杵嶋姫命は亦の御名を挟依姫命と申ます 此命は天照大神と素戔雄尊を剱玉の御誓遊され天照大神様が素戔雄尊の佩せる十拳の剱を乞渡し三段に打折り之を水に漬して口中に含み空中に御吹遊されし時に狭霧の中に生出ませる御神まして往古より言ひ傳ふるに福徳を與へらるるには此神を祈願するに如かずと申しあります。
由緒
創立年月詳ならずと云うも老の申傳に依れば足利尊氏御母堂の守護神として勧請したるものにて其後左馬頭頼氏公の再興なりと云へり
大祭
元旦祭 一月一日
祈年祭 三月三日午前九時
例 祭 三月三日午前十時
新嘗祭 十一月廿八日午後一時
中祭
中祭 時刻未定
御開帳
大開町 六拾年毎己巳年※(つちのと・み)
中開帳 三拾年毎
境内坪数 百七拾五坪
氏子区域 あきる野市網代
末社
八雲神社 御祭神 素戔雄尊 祭日 七月十五日
神明神社 御祭神 天照大神 祭日 九月十六日
平成二十八年十一月吉日
関連記録・コース日本神話に登場する神、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)との誓約(うけい)の時に生まれた宗像三女神の一です。福岡県の宗像大社の辺津(へつ)宮の祭神です。
神仏習合の本地垂迹の考えのもと、市杵島姫神が美しい水の神であることからインドの神様である弁才天と同一視されました。
日本神話で高天原(たかまがはら)の主神。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の娘。太陽神であり皇室の祖神として伊勢神宮の内宮に祭られています。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴に天の岩戸にこもり国中が暗闇になったという岩戸神話や孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を葦原中国に降臨させた天孫降臨の神話が知られています。
日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。
高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。
市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、田心姫神(たごりひめのかみ)の総称
宗像大社で海上交通の守護神として祀られ、田心姫神が沖津島の沖津宮に、湍津姫神が大島の中津宮、市杵島姫神が田島の辺津宮に祀られています。
日本古来の神と外来宗教である仏教とを結びつけた信仰のこと。すでに奈良時代から寺院に神が祀られたり、神社に神宮寺が建てられたりした。平安時代頃からは本格的な本地垂迹(ほんじすいじやく)説が流行し、中世になって両部神道などが成立した。
菩薩や仏陀がかりに神の姿をとって垂迹するという説、神は権現と呼ばれるようになった。神の正体とされる仏を本地仏と言う。神々に付会される仏は、宗派、信仰、寺院、神社によって異なる。
日本神話に登場する神、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)との誓約(うけい)の時に生まれた宗像三女神の一です。福岡県の宗像大社の辺津(へつ)宮の祭神です。
神仏習合の本地垂迹の考えのもと、市杵島姫神が美しい水の神であることからインドの神様である弁才天と同一視されました。