厄神社 
西桂町にある小さな神社です。
2月の節分には厄払いが行われていると言います。
祭神 素盞尊
鎮座地 西桂町倉見高畑一八六番地
節分祭 二月
社伝によると、文明・長享・延徳年間(一四六九~一四九一)のうち約十年ばかりは毎年悪疫が流行して死する者その数を知らずという悲惨な状態であった。その後、永正・大永年間(一五〇四~一五二七)にも悪疫が流行して幼児の死者が甚だしく両親なども生きた心地がしなかった。
その上、連年の暴風雨・洪水・飢饉・大火等の天災地変により人心の不安は極度に高まった。そして、天文三年(一五三四)またまた疫病が流行したため、厄神社が創祀され悪疫流行の除去及び天下泰平と人心の安定に努めたという。
二月の節分には追儺式(厄払い)を行なう。倉見の厄年(男二五歳・四二歳・六〇歳、女一九歳・三三歳・六〇歳)の男女が菓子などをまいて厄払いをする。
鳥居の傍らの石灯籠には文政年間(一八一八~一八三〇) に建てられたときざまれている。昭和六一年(一九八六)に本殿が新築された。
平成二十四年三月 西桂町教育委員会・西桂町文化財保護審議会
関連記録・コース日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。
高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。
古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。
日本神話で高天原(たかまがはら)の主神。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の娘。太陽神であり皇室の祖神として伊勢神宮の内宮に祭られています。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴に天の岩戸にこもり国中が暗闇になったという岩戸神話や孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を葦原中国に降臨させた天孫降臨の神話が知られています。