唯念上人の大名号塔 
観光地の種類:史跡
所在地:静岡県駿東郡小山町竹之下
訪問日:2016年2月18日
足柄古道の栗木沢にある大きな石碑で天保10年(1839年)に地元の人々によって唯念上人の徳を偲んで建てられたものです。高さ3.8m、幅1.5mという日本一大きな名号塔です。
唯念上人は江戸時代末から明治初期に活躍した僧侶で、人々の安穏を祈るため南無阿弥陀仏の銘号碑を辻々に建てました。駿河、相模、豆州、甲斐など4ケ国に建てられた名号碑の数は一千有余と云われています。
この名号塔(南無阿弥陀佛の碑)は天保元年(一八三〇)小山町上野奥の沢の唯念寺と聞いた唯念上人の筆による日本の大きな石佛である。
天保時代、富士山麓の一帯は飢饉と大疫病の流行で農民の苦しみは、はかり知れないものがあり、特に足柄地方はたくさんの犠牲者も出て村の人達は大変困っていた。
ちょうどその頃、足柄山中の「一之滝」に山籠りとして修業中の唯念上人は村の人達の凶難と見てこれを救おうと、心をこめて念佛を唱え災難厄除けの祈願をつづけていた。
地元の人達もこれを聞いて相談をし、力をあわせて大きな石に上人の書いた「南無阿弥陀佛」の名号を彫り、栗の木沢のこの地に建てて上人と共に、「悪疫退散極楽往生」のお祈りとした。天保十年(一八三九)のことである。
そのかいがあったのか、流行病もおさまり平和な暮しももどったので、村人達は改めて上人の徳をたたえ、又上人を慕って信者になる人が多かったので念佛講をつくりこの名号塔を信仰のよりどころとして、報恩感謝の供養を現在まで連綿とつづけている。
この碑の大きさは高さ三.八米、巾一.五米、字の大きさは九〇糎四方で一字に一斗(十五匙)の米が入ると云われている。
碑文 南無阿弥陀佛
天下和順日月清明 唯然(花押)
馬頭観世音 万人講中
なお大正十二年(一九二三)の関東大震災には、この名号塔も倒れ沢にすべり落ちたのと苦心の末引きあげて復旧をした。
名号塔の石工は深沢(御殿場市)の松之助さんで大震災の復旧も松之助さんの子孫で、籔田栄吉廣さん親子であるのも奇しき因縁である。
平成三年三月 小山町観光協会
関連記録・コース阿弥陀などの名前を彫った碑を名号塔(みょうごうとう)と言う。江戸時代に四十八夜の間、阿弥陀如来を拝む四十八夜念仏が盛んに行われ、その行事が終わったときなどを記念して建てられたとされている。。