小山御嶽神社 
東京都町田市小山町にある神社です。
急な石段を登ると広い境内に拝殿がありました。鳥居の脇にあった大きな掲示板は雪のためか倒壊していました。
創建の年代は詳らかでない。寛文六年(一六六六年)十一月二十八日の検地の際には、御獄社領として五升五合六勺の余地をあたえられたのである。また、境内地三反歩は朱印地である。宝暦年間(十八世紀中ころ)の棟札は社宝である。祭礼には、湯花の神事を行う。祭神は日本武尊を奉斎している。
例大祭は、毎年八月の末日である。「近年は八月の最終土曜日に行っている。」
境内坪数は八九二坪小山町二二一二番地に鎮座している。《町田市史・下巻より》
御社社地二千七百坪餘、字御堂ト云所ニアリ、小社ニテ四間四方ノ覆屋ヲ建ツ前二拝殿アリ、二間二三間スヘテ南向ナリ、ソノ前二石階五十四級アリテ中ホト二木ノ鳥居ヲ建、祭礼七月十七日下郷(馬場・中村)ノ鎮守ナリ、以上ノ二社(札次神社と御傲神社)八福生寺御朱印ノ内ニシテ共ニカノ寺ノ持也
《明治十七年出版新編武蔵風土記稿三多摩編より》
日本の古代史における伝承上の英雄。景行天皇の皇子です。気性が激しいため天皇に敬遠され、九州の熊襲(くまそ)や東国の蝦夷(えぞ)の討伐に遣わされたといわれています。風土記なども含めてさまざまな伝説が残っています。
第12代天皇(在位:71年7月11日~130年11月7日 )垂仁天皇の第三皇子。都は大和の纏向日代宮(まきむくのひしろのみや)。熊襲くまそを征討し、皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと)を派遣して蝦夷を平定したという。陵墓は奈良県天理市渋谷町の山辺道上陵。