福昌寺 
東京都町田市にある曹洞宗のお寺です。大きな敷地にコンクリート造りの本堂が建っていました。その前には「ねむり一休」の石像が祀られています。一休禅師は一休さんの童話でもお馴染みの僧侶です。
その傍には大乗普賢菩薩と大聖文殊菩薩の石像が祀られています。本堂に釈迦如来、左右に行の普賢菩薩、知恵の文殊菩薩を配した釈迦三尊は仏教の悟りを象徴するものと言います。
徳川家康の遺骸を久能山より日光へ移送の際には休息所となったといいます。
山号を木曽山と称し曹洞宗に属す。永禄十一戊辰年(一五八六年)二月高洲快天により開創され相州津久井郡功雲寺第十世柳山洞絮大和尚を請して開山とす。釋迦牟尼佛を本尊とし高祖太祖両大師の禅戒一如修證不二の正法に随順す。風土記稿によりと元和三年三月廿一百德川家康公駿府久能山より日光東照宮へ改葬の砌り霊枢の休息所たり、明治四十年十二月火災により創建時の伽藍は鳥有に帰す。其の後再建されて現在に至る。
境内地一二九二坪余なり
為御母堂 大献院位報恩供養
昭和五十五年十一月四日吉祥日
施生三澤克已
禅宗の一派。中国の禅宗第六祖慧能の法系である洞山良价 (807~869年) を祖とする。中国禅宗五家七宗の一つ。鎌倉時代に道元が入宋して伝えた。福井県の永平寺と神奈川県の総持寺とを大本山とする。
仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。
はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。
鎌倉時代の仏僧。曹洞宗の開祖。内大臣久我通親の子。幼くして比叡山に上ったがその教学に疑問をもち、栄西について禅を学び1223年明全(みょうぜん)とともに入宋した。天童山で如浄の印可を受け1228年帰国した。