覚圓坊 
寺社の種類:天台宗の寺院
山号:吉祥山、寺号:住善寺、院号:達蔵院
創建の時期:康平6年(1063)
本尊:聖観世音菩薩
札所:武相卯歳観音霊場四十八ヶ所33番
所在地:東京都町田市木曽西4丁目7ー33
訪問日:2026年2月10日
横浜市旭区にある高野山真言宗のお寺です。平安時代の康平6年(1063)に園城寺(三井寺)の覚圓僧正によって開基されたと伝わります。
1351年(観応2年)に現在の町田市木曽へ移転しました。数多くの末寺を擁していましたが明治維新により多くの修験道寺院は廃寺となりました。現在も天台寺門宗の祈祷寺として残っています。
宗旨 天台寺門宗
本山 滋賀県大津市総本山園城寺(三井寺)
本尊 聖観世音菩薩
由緒 沿革
木曽の観音様として古くから親しまれてきました覺間坊は、吉祥山住善寺達蔵院と号し、もと近江国園城寺六百二十一坊中の一寺で康平六年(一〇六三)園城寺第三十一代長史覺圓僧正が同寺中の金堂(現在国宝) 裏に開基されました。
聖観世音菩薩(座像三尺)は、僧行基六十にしてこれを刻むと伝えられています。
園城寺は再三の兵火にあいましたが、観音像は鈴鹿山麓に移されその後義仲庵に安置されました。
武州多摩郡木曽が義仲の緑地であり、観応二年(一三五一)木曽の傳燈阿闍梨法印源性により当地に移され、多摩郡の霞頭となりました。
箭幹八幡宮(旧木曽八幡宮)旧別当寺
武相観音霊場第三十三番結願礼所(一七五九年)
尚、昭和五十年代初めに園城寺末寺新潟県南魚沼市五郎丸より不動明王が移され安置されました。
武相第三十三番木曽観音、町田市木曽西四丁目七番三十三号
法華経を根本経典とする大乗仏教の一派。575年隋の智顗(ちぎ)が天台山にこもって大成。日本へは奈良時代に唐僧鑑真(がんじん)が初めて伝え、平安初期に最澄が比叡山に延暦寺を建て開宗。のち山門派と寺門派、さらに真盛(しんぜい)派に分かれた。
中国、唐代の高僧。日本律宗の開祖。揚州大明(たいめい)寺で戒律を講じ名声があった。742年日本僧栄叡(ようえい)らの請に応じて来日を志したが海賊や風波の災で5度挫折の後、754年渡来した。
六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。