浄運寺 
寺社の種類:日蓮宗の寺院
山号:法要山
創建の時期:天正5年(1577)、開山:日明、開基:矢部淡路(法善院日証、慶長5年1600年没)
本尊:ー
札所:原町田七福神の毘沙門天
所在地:東京都町田市原町田6丁目21ー28
訪問日:2026年2月6日
町田市原町田にある日蓮宗のお寺です。宗保院とともに原町田の信仰の中心となったお寺です。
境内には大須賀明と長岡織部の墓所や武藤塚(野盗塚)があります。
浄運寺には古くから縁結び守護愛染明王と子宝・子守護子安鬼子母神が安置されています。そのご加護のある「良縁石」に触れ良縁成就を願えばご利益があるとか、本堂の前にはハート形の石が置かれていました。
境内のはずれには昭和41年(1966年)に建立 された妙見堂があります。妙見菩薩や清正公の霊を祀るお堂です。
これは武藤家が名主の時の話である。
ある日、武士の一隊が武藤家を訪ね、御用長持ちを預ってくれるよう申し入れ、家の中に置いて立ち去った。
その夜半頃、下女が勝手にいた時、長持ちの蓋がギギーッと持ち上がった。下女が主人にこのことをはなすと、大石を運ばせ、長持ちの上に置かせたので、隠れていた武士はなすこともなく、翌日、空しく長持ちは運び出された。
しかし武藤家では、いつか必ず復讐に来ると思い、警備を厳重にしていた。
はたして数日の後に、五、六名の武士がのりこんできて主人に面会を求め、いかめしい様子で金子の借用を申しいれた。
ものかげで待ちかまえていた家人や村役人、剣術指南の侍が、槍、刀を振るって突き入った。
野盗達も大いに防ぎ戦ったが、逃げ出した。ところが路地や家の角は、大石をゆわえつけた梯子でふさがれていた。そこへ竹槍を持った村人達も駆けつけ、戦に加わった。
戦はしばらく続いたが、野盗達は枕を並べて倒されてしまった。野党塚(武藤塚ともいう)は、この武士たちの亡骸を弔い、塚を築いて供養したものであるという。この塚は以前は中町一丁目(久町田警察署のあったところ)にあった。
一九九八年三月 町田市教育委員会
仏教の一宗派。鎌倉時代に日蓮が開いた。法華経を所依(しょえ)とし南無妙法蓮華経の題目を唱える実践を重んじ、折伏(しゃくぶく)・摂受(しょうじゅ)の二門を立て、現実における仏国土建設をめざす。
鎌倉時代の僧。日蓮宗の開祖。安房小湊の漁師の子という。17歳ころから鎌倉・比叡山などで11年間修行研鑽し、法華経こそ至高の経典であるとの確信を得、1253年故郷の清澄山頂で題目を高唱して開宗した。