宗保院(そうほいん) 


 寺社の種類:曹洞宗の寺院
 山号:金森山
 創建の時期:天文年間(1532-1555)、開山:吸江呑恕和尚(天正18年1590年寂)、開基:大河伊与(元亀元年1570年没)
 札所:武相卯歳観音霊場四十八ヶ所39番、原町田七福神の布袋尊
 所在地:東京都町田市原町田1丁目8ー13
 訪問日:2026年2月6日

 

町田市原町田にある曹洞宗のお寺です。天文年間に創建されたとされ原町田の檀家寺であったお寺です。

宗保院の石柱
宗保院の山門
山門の脇にお地蔵さん
鐘楼
境内に福寿観世音菩薩
御手水場にカラス天狗
宗保院の本堂
本堂の内部
境内に稲荷社
秋葉三尺坊大権現

明治三十四年(1901)には火防神として秋葉山三尺坊権現が祀られました。秋葉三尺坊は秋葉山に祀られた修験道の神でしたが明治の神仏分離により、神道としてはで秋葉大権現(火之迦具土神)を祀る神、仏教としては秋葉三尺大権現として祀られるようになったと言います。

 

 《曹洞宗・金森山宗保院・縁起》現地の案内板

武相観音第三十九番霊場、小田急沿線武相観音第十一番霊場、原町田七福神布袋尊の寺

福井・永平寺と横浜・總持寺を本山とする曹洞宗の寺院で、御本尊は千手観世音菩薩。天文十一(1542)年八月、相州伊勢原日向・石雲寺第四世吸江詠恕大和尚を迎えて開山。開基は大河伊与で、「宗保院」の寺号は、開基の戒名「立雪院安心宗保居士」に由来します。

大河伊与の妻「白立院貞安妙心大姉」は徳川家康の功臣、高木善次郎清秀(金森の初代地頭)の妹。「金森山」の山号の通り当時は金森村に含まれていたと推測されます。

慶安二(1649)年には高木伊勢守の取次にて、幕府(徳川家光公)より寺領七石三斗の朱印状を賜っています。

江戸期の様子を記した『新編武蔵風土記』には「惣門、山門、柱間二間。本堂十間に五間半東向き。禅室、本堂に向かって左、七間に四間。鐘楼、本堂に向かって右。」とあり、明治四十一年の横浜線開通前までは、現在の原町田三丁目商店街付近に総門がありました。

明治三十四年には火防神・秋葉三尺坊大権現が祭祀され、祈願の道場としても信仰を集めております。

現在の本堂は昭和四十九年に再建、その後山門、客殿、坐禅堂等が整備され、信仰の拠り所、修養の道場としての環境が整えられました。

時代の変遷を見守りながら法灯は絶えることなく、檀信徒や地域の方々の支えにより現在に至っております。

 

 曹洞宗(そうどうしゅう)

禅宗の一派。中国の禅宗第六祖慧能の法系である洞山良价 (807~869年) を祖とする。中国禅宗五家七宗の一つ。鎌倉時代に道元が入宋して伝えた。福井県の永平寺と神奈川県の総持寺とを大本山とする。

 

 千手観音(せんじゅかんのん)・千手千眼観自在菩薩

六観音の一つ。限りない慈悲を表す菩薩で、千の慈悲の眼と千の慈悲の手をそなえ、生ある者を救うという。二七面四二臂の像が一般的。千手千眼観世音。千眼千臂観世音。

 

 道元(どうげん)・承陽大師

鎌倉時代の仏僧。曹洞宗の開祖。内大臣久我通親の子。幼くして比叡山に上ったがその教学に疑問をもち、栄西について禅を学び1223年明全(みょうぜん)とともに入宋した。天童山で如浄の印可を受け1228年帰国した。

 

 六観音(ろくかんのん)

六観音は六道輪廻の思想に基づき、六種の観音が六道に迷う衆生を救うという考えから生まれたもの。地獄道 - 聖観音、餓鬼道 - 千手観音、畜生道 - 馬頭観音、修羅道 - 十一面観音、人道 - 准胝観音、天道 - 如意輪観音とされる。天台系では准胝観音の代わりに不空羂索観音を加えて六観音とする。

 

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