勝楽寺 


 寺社の種類:浄土真宗の寺院
 山号:三寶山、院号:紹隆院
 創建の時期:天正元年(1573年)、開山:源蓮社光誉、開基:三橋新右衛門
 本尊:阿弥陀如来
 札所:原町田七福神の寿老人
 所在地:東京都町田市原町田3丁目5ー12
 訪問日:2026年2月6日

 

町田市原町田にある浄土宗のお寺です。

勝楽寺の山門
勝楽寺の石柱
阿弥陀三尊の案内板
境内の案内板
勝楽寺の境内
境内に不動堂
鐘楼
本堂
本堂の扁額
本堂わきに納骨堂
石灯籠

原町田に広大な敷地をもとお寺で、本堂の脇には納骨堂である無量寿塔がそびえています。

原町田七福神の寿老人を祀るお寺で、この時期も赤い奉納幟が立っていました。

 

 《町田市指定有形文化財・勝楽寺阿弥陀三尊像、三体》現地の案内板

指定月日1985年(昭和60年)4月17日

指定年月日平成十七年十一月一日

勝楽寺の本尊像。来迎印を結ぶ中尊に、腰をかがめ蓮台を捧げる観音菩薩と合掌する勢至菩薩が随侍する、いわゆる来迎の三尊像である。各像共寄木造、玉眼を嵌入。

なお、この三尊像は「町田市史」等によれば、大正12年の関東大震災の折りに破損し、その際に像内に墨書銘があることが判明し、享禄5年(1532)大石大学助高仲が大願主となり、仏師円慶によって造立されたことが知られる。

銘文中の下野法眼は青梅市報恩寺地蔵菩薩像、鎌倉円応寺奪衣婆像等の作者として知られ、関東地方を中心に活躍した仏師弘円で、その弟子円慶については、この像の他に作品は伝えられていないが、天文2年(1533)に弘円の下で青梅市塩船観音寺の仁王像を修理したことで知られている。

像高

(中央)阿弥陀如来67?5センチメートル

(右)観音菩薩42?8センチメートル

(左)勢至菩薩41?7センチメートル

町田市教育委員会

 

 浄土宗(じょうどしゅう)

法然上人を宗祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の聖典とするが、観無量寿経を重視して専修念仏によって極楽浄土への往生を宗旨とする。総本山は京都の知恩院。

 

 阿弥陀如来(あみだにょらい)

大乗仏教の仏。西方の極楽浄土の教主で生あるものすべてをすくう仏様。念仏により浄土に往生できるという阿弥陀信仰が鎌倉時代にさかんになり、浄土宗浄土真宗時宗などの浄土教宗派が成立した。

阿弥陀如来像は質素な形で如来の通相と呼ばれる姿をしています。小指を除く三指と親指で輪にした九品来迎印(くぼんらいごういん)を結んでいるのが特徴です。

 

 法然(ほうねん)・円光大師・黒谷上人

鎌倉初期の僧。浄土宗の開祖。1147年比叡山で源光の門に入り天台を学んだ。1150年教学などに対する疑問を生じ西塔黒谷の叡空のもとに隠棲し、法然房源空と称した。

 

 浄土宗(じょうどしゅう)

法然上人を宗祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の聖典とするが、観無量寿経を重視して専修念仏によって極楽浄土への往生を宗旨とする。総本山は京都の知恩院。

 

 浄土真宗(じょうどしんしゅう)

法然上人の弟子の親鸞上人を開祖とする浄土教の一派。浄土三部経を所依の経典とするが、特に無量寿経により阿弥陀仏の本願の信心を重視し、称名念仏は仏恩報謝の行であるとするのを宗旨とする。門徒宗、一向宗とも呼ばれます。

 

 時宗(じしゅう)遊行宗(ゆぎょうしゅう)

日本仏教の一宗派。念仏系の宗派で1276年一遍(いっぺん)が開いた。阿弥陀経を根本経典とし経中の臨命終時の言葉を宗の名とした。

 

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