伊勢山皇大神宮 
寺社の種類:旧県社、神奈川県宗社、別表神社
創建の時期:明治3年(1870)
主祭神:天照皇大神
札所:ー
本殿の形式:神明造り
境内社:杵築宮・子之大神、三輪明神御分霊大神神社
所在地:神奈川県横浜市西区宮崎町64
訪問日:2026年1月15日
横浜市西区にある神社です。伊勢山にあった大神宮を明治3年に野毛山へ遷座、横浜の総鎮守と定められ明治8年県社に列格しました。
境内は初詣の参拝客のほか、初宮参りや合格祈願で訪れた人で賑わっていました。青と白の幕をめぐらせた拝殿の中には昇殿参拝が行われているようでした。
拝殿の傍の摂社大神神社は奈良三輪山の大神神社を勧請したものとか、三輪神社は山そのものを御神体とするもので、磐座(いわくら)と呼ばれる古代の祭祀場の姿が再現されていると言います。
由緒
明治三年(一八七〇)、当時の神奈川県知事・井関盛良が「急速な近代化・西洋化の流れの中でも、横浜の人々が日本の国柄を見失わない為に、人々の心の拠り所、また横浜の象徴となるものとして、 国家を鎮護する天照大御神を祀る荘厳な神殿を築く」と告諭し、戸部の地にあった古社を再興し、港を一望する丘の上へと遷座し、この地を伊勢山としました。
遷座祭は、五日間にわたる盛大な祝祭となかよしのお当時は全国から横浜に人が集まり、共通意識が薄かったが、このお祭りを通して横浜人としての意識が芽生え、『浜っ子』 という言葉が生まれたとされています。
かつては、当宮の例祭日である五月十五日は、役所や会社、学校がお休みとなり、多くの市民がお祝いをしたと伝えられています。まさに国際港都・横浜の歴史と共に歩み、横浜総鎮守として見守り続けてきたお社です。
御祭神
天照大御神(本殿)
全ての生命の源である太陽をつかさどり、神々の世界・高天原を統治される神様です。日本の国土をお作りになられた伊邪那岐命が、 筑紫の阿波岐原の清流で身を清められた際に、その左目からご誕生されました。
天照大御神さまは皇室のご祖神であり、我々の祖先にのれた際に、その左目から稲穂をお授け下さり、お米を大切にするように定められました。
日本神話で高天原(たかまがはら)の主神。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の娘。太陽神であり皇室の祖神として伊勢神宮の内宮に祭られています。
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴に天の岩戸にこもり国中が暗闇になったという岩戸神話や孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を葦原中国に降臨させた天孫降臨の神話が知られています。
古事記に登場する神、伊弉冉尊(いざなみのみこと)とともに天つ神の命でおのころ島をつくって天降り、国生みと神生みを行った男神です。
黄泉国(よもつくに)の汚穢(けがれ)を禊(みそぎ)した際に、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つきよみのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)などの神が生まれました。
日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。
高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。
日本神話に登場する神様。天照大神(あまてらすおおみかみ)の孫。天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)の子。天照大神の命で葦原の中つ国を統治するため、高天原から高千穂峰に天降ったとされる。木花開耶姫(このはなのさくやびめ)を妻とし、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)を生んだ。