東京都墨田区東向島にある曹洞宗の寺院です。
『鎌倉時代初期に葛西三郎清重が両親の供養のために創建したと伝えられています』(copilot.2025/7)
《 宝仙寺縁起》 法泉寺の案内板
法泉寺は永平寺と總持寺を両大本山と仰ぎ駒込吉祥寺を本寺とする曹洞宗のお寺です。
今から約八百年前、源頼朝公の重臣で奥州を支配した葛西三郎清重公がこの下総国大沼に堤を築いて開墾し、父母追善供養の為に建立したと伝えられており、「寺島村」地名発祥の寺のひとつと云われています。
天文元年(一五三二)吉祥二世大州安充大和尚により伽藍が再興され、慶安元年(一六四入)には江戸幕府より八石五斗の御朱印状を賜りました。寛文二年(一六六二)石造地蔵菩薩立像、 享保二年(一七一七)銅造地蔵菩薩立像が建立されたほか、東京大空襲による焼失を免れた数々の文化財が継承されています。
四百年の歳月を経て、なおやさしさを偲ばせる三百余基の石仏群が祀られ、粋でゆとり溢れる江戸文化が伝えられています。
清河山 法泉寺
禅宗の一派。中国の禅宗第六祖慧能の法系である洞山良价 (807~869年) を祖とする。中国禅宗五家七宗の一つ。鎌倉時代に道元が入宋して伝えた。福井県の永平寺と神奈川県の総持寺とを大本山とする。
仏教の開祖。世界4聖の一人。ネパール南部の釈迦族の王子として紀元前6から前5世紀に生まれる。苦行ののち悟りをひらきインド各地で布教して80歳で没したとされる。
はじめは実在の釈迦をさしたが入滅後、超人化・神格化されて信仰・崇拝の対象となる。日本には6世紀、百済からその教えがつたわった。
鎌倉時代の仏僧。曹洞宗の開祖。内大臣久我通親の子。幼くして比叡山に上ったがその教学に疑問をもち、栄西について禅を学び1223年明全(みょうぜん)とともに入宋した。天童山で如浄の印可を受け1228年帰国した。